今回は、クリニックM&Aの4つのパターンのうち、「個人開業を医療法人に組織変更してから承継」するパターンについての概要を見たうえで、M&Aを成功させるポイントをご紹介します。

医療法人化で得られるタックス・メリットとは?

本連載の第4回でクリニックM&Aの一般的なパターン分類として、次の4つをご紹介しました。
 
①個人開業のままで承継
②旧法の医療法人のままで承継
③新法の医療法人で承継
④個人開業を医療法人に組織変更してから承継


今回ご紹介する④のケースは、親子承継でよく見られるパターンです。ここでは簡単に概要だけ触れておきます。

 

個人開業から医療法人への移行にはいくつかの要件があり、これらを満たしていないと医療法人の設立はできません。財務的要件には例えば愛知県の場合、医療法人設立後の運転資金として最低でも2か月分の金銭拠出が必要です。通常は院長個人が拠出します。人的要件としても、原則、理事が3人以上などの規定があります。


医療法人に移行すると適用される税法が個人開業とは変わります。個人開業の場合、所得は個人ですので、所得税法に基づく処理をしますが、法人に移行した後は医療法人の所得となり、法人税法に基づく処理が行われます。


医療法人化することのメリットとしては、個人の所得税・住民税(最高税率55%)より法人税・法人住民税(実効税率約30〜35%)のほうが税額を低く抑えられるところです。


また、院長の所得は医療法人からの給与となるため、給与所得控除が適用されます。さらに勇退時に退職金を受け取ることも可能です(ただし、特定役員は控除額が減少するので注意が必要)。その他にも、院長個人とクリニックの経営を分離することによって、借り入れの際に院長個人ではなく医療法人として対応できるなど、リスクの分散を図ることができます。

 

ただし、これらのメリットの多くは、医療法人を続けていくことで大きくなっていくため、M&Aの直前に医療法人化してもさほどの享受はないかもしれません。M&Aのためだけに医療法人化するべきかどうかは、専門家に相談することを勧めます。

財務の透明化とスリム化で「魅力的」なクリニックへ

M&Aを成功させるポイントのひとつに、クリニックの財務関係をすっきりさせて、譲渡しやすいかたちに磨き上げることがあげられます。

 

開業医の財務的問題で多いのが、個人の資産とクリニックの資産との線引きが曖昧になっているケースです。どこまでがクリニックにとって必要なもので、どこからが個人的に必要なものなのかが、不明瞭になっているケースが非常に多いのです。


例えば、自宅、自家用車、ゴルフ会員権、リゾート施設会員権といった事業に関係のない資産がクリニックの資産として組み込まれていることがあります。交際費なども必要経費とプライベートの境目が曖昧になりやすいもののひとつです。


財産の整理ができていないと、財務デューデリジェンスの際に不利になることがあります。ゴルフの会員権やリゾート施設の会員権は、買い手側の医師が不要だと考えれば譲渡価格に含めることができません。また、これらの経費が計上されている場合、利益が圧縮されているため、クリニックそのものの収益力評価にも影響します。


不必要な経費や資産が財務諸表に混在していると経営の実態が見えづらく、M&Aがスムーズに進まない原因になることもあるので、事前に整理や処分をしましょう。


事業に関係のない資産は、原則として売却をします。また、医療法人の場合であれば、退職金の一部として現物支給を受けることも可能です。


M&Aを考えているのであれば、相手方にクリニックの実態を見て正しい評価を行ってもらうためにも、これを機会にまずは資産の整理をしていきましょう。少なくとも直近の3~4年は財務のダイエットをし、スリム化を図るといいでしょう。


さらに、M&Aを始める時期が間近に迫ってきたら、事業関連資産の整理も始めましょう。たとえ事業に関連する資産であっても、過剰な投資は譲受側の金銭的負担を大きくするため、承継先の選択肢を狭めることになりかねません。余分な機器の購入は控えましょ
う。

資産整理の局面では承継先のことを第一に考える

実際にあった事例ですが、あるクリニックで、M&Aの承継先もほぼ決まり、後は交渉を詰めるだけという段階になって、新しい医療機器を購入しようとした院長がいました。譲受側の医師に購入を相談したところ、その医療機器は使用するつもりがないと言われ、慌てて中止したということがありました。譲受側の医師の診療スタイルではさほど重要な医療機器ではなかった上に、新規購入することでM&Aの価格に反映されてしまうことを嫌ったためです。


M&Aでは必ずしも同じ診療科目同士で引き継ぎがなされるわけではないので、現院長にとっては必要な医療機器でも、次期院長にとっては不要になるケースがあるのです。M&A直近での大きな買い物には配慮が必要です。また、今ある機器の中で次の院長が使わないことが明らかな機器については、売却をするなどしてできる限りスリム化を図りましょう。


生命保険の内容の見直しも、必ずM&Aまでに実施すべきです。万が一の場合の保障やご自身や従業員の退職金の積立のために生命保険に入っている医療法人も多いことでしょう。貯蓄性の高い生命保険契約については、医療法人に残すのか、解約して退職金の原資とするのかの検討が必要となります。また、ご自身に不測の事態があった時のための保障であれば、退職時に保険契約を個人名義へ変更する必要性があるかなども含め、早めに検討しておくべきだと思います。


ただ、それらは当然M&Aに関係なく契約されたものです。相手にとって必要のない荷物になり得る資産や契約を極力減らすことで、譲渡価格を引き下げることができ、クリニック買い取りのハードルを下げることができます。M&Aが間近に見えてきたら、自分の都合は後回しにして、承継先のことを第一に考えた資産整理を始めてください。

本連載は、2015年9月25日刊行の書籍『開業医のためのクリニックM&A 』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

開業医のためのクリニックM&A

開業医のためのクリニックM&A

岡本 雄三

幻冬舎メディアコンサルティング

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