兄から「母の遺言が見つかった」といわれたが…
故人の思いを伝える遺言書。そんな大切なものが、もしも誰かの手によって偽造されていたら…。
Aさんは母を亡くし、遺産を相続することになりました。父は既に他界しているため、母の相続人は同居していた兄(長男)、Aさん(次男)、妹(長女)の3人でした。Aさんの母は、父が亡くなった際に多くの遺産を相続していました。
母の法要が終わった頃、Aさんは兄から「母の遺言が見つかった」といわれました。その後、裁判所からも検認期日の呼出状が届きました。検認期日にきょうだい3人が出席し、そのうえで遺言書が開封されましたが、そこには「すべての財産を長男に相続させる」と書いてあったのです。
Aさんは、生前に母から「遺産は3人で公平に分けてね」と繰り返しいわれていました。そのため、遺言書の内容に疑問を抱いたのです。そもそも、遺言書の筆跡が明らかにAさんの母のものとは違っていたのです。「もしや、同居していた兄が偽造したのでは…」とAさんは思いました。
こうした場合、遺言書が偽造されたかどうかは、どのようにすればわかるのでしょうか。また、その場合は何か制裁はあるのでしょうか。
偽造された遺言は「自書」性の要件を満たさず無効に
「偽造」とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性、つまり作成名義を偽って新たに文書を作成することをいいます。
自筆証書遺言は、基本的には全文を自書しなければ無効となってしまいますが、偽造された遺言は、「自書」性の要件を満たさないため無効となります。その場合、偽造された遺言はなかったものとして、遺産分割が行われることになります。
それでは、遺言書を偽造し、それを真正な遺言書として他の相続人に示した場合、どのような責任に問われるのでしょうか。
まず、民事上は相続人の欠格事由に該当し、相続権を失うことになります(民法891条5号)。また、刑事上は有印私文書偽造罪及び同行使罪の構成要件に該当し、3ヵ月以上5年以下の懲役に処せられます(刑法159条1項、161条1項)。
このように、遺言書を偽造し、真正な遺言書として他の相続人に提示した場合、民事と刑事それぞれの重い責任を負うことになります。
遺言書の偽造により「相続権」を失うことも
では、遺言書の偽造が疑われる場合、民事ではどのように争うのでしょうか。
まず、先程も述べたとおり偽造された遺言書は無効ですが、他の相続人が有効であると争う場合は、遺言の無効確認請求訴訟を提起して、遺言が無効であることを裁判所に確認してもらいます。
そして、遺言が無効であるとの判決がいい渡された場合、相続人はその判断に拘束されることになります。その拘束力が生じる範囲は、あくまで「遺言が無効である」という判決主文の部分にとどまり、「遺言書が偽造されている」、という判決理由の部分については拘束力が生じません。
そこで、次に、ある相続人が偽造したか否か、それにより相続権を失ったか否かについて、偽造したと疑われる相続人が相続権を失った(相続欠格に該当した)ことの確認を裁判所に求めること、つまり「相続権不存在確認請求訴訟」を提起することが考えられます。
これにより、被告とされた者が偽造したことを理由として、その者の相続権が不存在であるとの裁判所の判断がなされた場合、その者はその判断に拘束され、相続権を失うことになります。そのため今後は、その者を除いて遺産分割協議を行うことができるようになります。
遺言書を「偽造」した場合、有印私文書偽造罪に該当
次に、刑事ではどのように遺言書の偽造を争うのでしょうか。
まず、遺言書は公文書ではない「権利、義務又は事実証明に関する文書」にあたりますので「私文書」にあたります。また、遺言書は押印がないとそもそも無効ですので、「有印」の私文書となります。そのため、遺言書を「偽造」した場合、有印私文書偽造罪に該当します。
さらに、この有印私文書を「行使」した場合、偽造有印私文書行使罪に該当します。「行使」とは、偽造された私文書等を真正なものとして他人に提示するなどして内容を認識できるようにした場合のことをいいます。
このように、ある相続人が遺言書を偽造し、他の相続人に真正な遺言書であるとして提示した場合には、有印私文書偽造罪及び同行使罪という犯罪になります。そこで、偽造していない相続人としては、管轄の警察署長宛に刑事告発して、刑事処分を促すという対応が考えられます。
それでは、偽造が疑われるとしても、どのようにそれを証明すればいいのでしょうか。
まず、遺言書の筆跡と被相続人が自書した別の書面について、筆跡鑑定を行うことが考えられます。もっとも、筆跡鑑定の結果は、筆跡鑑定人ごとに内容が異なることが少なくなく、精度としては、鑑定結果のみで偽造の有無を認定できるほどではありません。裁判所でも、あくまで証拠の1つとして考慮されるに過ぎません。
また、遺言書の作成日とされている当時に、遺言者の自筆能力や判断能力がないことがわかる診断書や周りにいた方の証言などがある場合は、それも、本人(の意思)で作成することができないことを示すものですので、偽造を推認する証拠となり得ます。
偽造したことを証明するためには、事情や証拠を丁寧に積み上げていく必要があります。どのような事情が偽造の証明になるのかは個別の事情によりますので、弁護士に相談されることをお勧めします。
細越 善斉
CST法律事務所
代表・弁護士
本稿執筆者 岸田康雄氏登壇セミナー
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