いつの時代もなくならない相続トラブル。特に開業医の相続の場合は、「子が医師か否か」によって、承継する資産が大きく異なります。そこで本記事では、井元章二著『相続破産を防ぐ医師一家の生前対策』(幻冬舎MC)から一部を抜粋し、医療法人の相続の難しさを取り上げます。

医師一家には「医師が持たないと無意味な財産」が多い

開業医の相続で起きやすい問題として、「医師である子と非医師である子との間で、遺産分割に偏りが出やすい」ということが挙げられます。

 

医療法人が持つ資産は、医師である子が持たないと意味のない資産が多くあります。持分あり医療法人の財産権である「出資持分」にしても、病院の設備や機器にしても、非医師の子がもらっても使い道がありません。そのため、どうしても医師の子の遺産分割が多くなる傾向にあります。

 

すると、非医師の子は「なぜ同じ兄弟なのに、自分は少ししか遺産をもらえないのか」と不満を抱きやすくなります。事前に親が事情や理由を説明し、非医師の子に納得させていればいいですが、何の説得もなしに一方的に少ない遺産を押し付けられたら、たいていの子は反発します。

医師の子がもらう「出資持分」は換金できない

相続では、法定相続人に遺留分が認められています。法定相続人とは、法的に相続する権利を持つ人です。遺留分とは、法定相続人の権利を保護する目的で、「最低限これだけはもらえる」という遺産の割合を決めたものです。

 

医師の子と非医師の子で、もらう遺産の額に10対1の偏りがあるとなると、非医師の子は相続の権利を大きく侵害されていますから、遺留分の請求をすることができます。これを「遺留分の減殺請求」といいます。

 

すると、医師の子は自分の財産から、非医師の子の遺留分を満たす分だけお金を渡さなくてはなりません。相続税を多くもらった者から少なくもらった者へお金を渡し、遺産分割の偏りを少なくすることを「代償分割」といいます。

 

「医師の子はいっぱい遺産をもらったのだから、非医師の子にあげるのは当たり前。それくらいのお金はもらっているでしょ」と思うでしょうか。実は、ここに落とし穴があります。

 

医師の子がもらう遺産というのは大半が出資持分で、これは換金できません。また、医療機器や病院の土地建物などがあったにせよ、これらは基本的に法人の持ち物になっていますから、子の自由にはできません。

 

そもそも代償分割というのは、多くもらった相続人が〝本人のポケットマネー〟から支払わなくてはなりません。「相続でもらった財産から代償金を払えばいいや」と思うかもしれませんが、それは故人のお金であって、本人のポケットマネーではないので、代償金としては使えないのです。その結果、遺留分を支払いたくても支払えないという事態が起こり得ます。

 

開業医の相続では、「遺産分割の偏り」で揉め、「代償分割ができないこと」で決着が遠のきます。つまり、遺族間で遺産相続バトルが起こってしまうと、十中八九、丸くは収まりません。

 

日医総研ワーキングペーパーの「医業承継の現状と課題(2019年1月8日)」によると、後継者不在の「無床診療所」は89.3%、「有床診療所」は86.1%となっています。小規模の医療機関の8~9割が後継者不在の問題を抱えているのです。

 

医療法人の承継は、原則として承継する相手が医師免許を所有していなくてはなりません。これが後継者の確保を難しくしています。

 

今は医学部の競争率が上がり、医師の子だからといって簡単には医師になれない時代です。また、医学教育の「2023年問題」もあります。2023年以降、医学部の教育システムやカリキュラムが変わります。日本の医師の臨床スキルを国際基準に合わせるために、学部生のうちから臨床実習を増やし、実技を評価するようになります。

 

簡単にいうと、〝医学部を出てすぐに現場で活躍できる医師〟だけを選りすぐって社会に送り出すしくみです。これにより、医大や医学部に入っても医師になれなかったり、医師になるのにこれまで以上に時間がかかったりする学生が増えることになります。

 

こうした流れから、今後さらに「子を後継者にしたくてもできない」という開業医が増えることが予想されているのです。

 

生前対策を怠ってしまうと大変なことになる
生前対策を怠ってしまうと大変なことになる

持分なしの医療法人が解散すれば、資産は国のものに…

また、後継者がいる場合でも、親子で診療科目が違うと承継が困難になります。医師の子が親の病院を継ぎたがらないケースもあります。都会で病院勤務をしている子が「田舎に戻るのは嫌だ」と言い出すとか、「経営ストレスのかかる開業医より、生活の安定した勤務医でいたい」と言うなどの例が多々あります。

 

後継者がおらず承継ができない病院は最悪、解散するほかありません。持分なしの医療法人が解散になると、法人の残余財産は国庫に帰属することになります。病院を失うだけでなく、大切に積み上げてきた利益が自分のものにならないというのは、悔やんでも悔やみきれないものでしょう。

 

このように、開業医の相続にはいくつもの壁が立ちはだかっています。また、開業医はどうしても資産の規模が大きくなってしまいますから、その分、対策に時間がかかるものです。

 

しかし相続税の申告は、相続発生を知った翌日から10カ月以内と期間が決められています。10カ月というのは意外に短いものです。財産のリストアップをして、相続人で遺産分割協議をし、相続税の申告書類を作成して税務署に提出するとなると、仮にスムーズに進んだとしてもかなりギリギリになってしまいます。

 

もし、財産がどこにどれだけあるのか把握できていないとなれば、家捜しして確認しなくてはなりません。遺産分割協議で揉めれば、決着までに時間も労力もかかります。

 

期限内に話し合いがつかなければ、一旦、法定相続分(民法が決めた遺産分割)で計算して相続税を納税し、後から改めて申告・納税をやり直すことになります。納税が遅れれば、ペナルティーで余分に税金を払うことにもなります。

 

出資持分の問題は、多くの開業医や後継者を悩ませる問題です。これまでに積み上げた病院の資産を目減りさせることなく、いかに確実に後継者にバトンタッチするかを考えていくと、たった一つの対策ではとても対応しきれないことが分かってきます。

 

いくつもある選択肢のなかから、どの対策を取るかを決めたり、よりベストな対策はどれかを選んだり、複数の対策を組み合わせたりしていると、時間はいくらあっても足りないほどです。

「うちの家族は仲がいいから」は何の当てにもならない

争族トラブルは相続税の対象かどうかや、病院の後継者がいるかいないかなどにかかわらず、あらゆる家庭で起こる可能性があります。「うちの家族は仲がいいから」とか「何だかんだ言っても、いざとなったら分かってくれるはず」というのは、まったく当てになりません。昨日まで仲の良かった家族が今日、いがみ合ってしまうのが相続なのです。

 

絶対に争族にならないという保証のある家族など、この世にはひとつとして存在しません。すべての開業医が「自分の家庭でも起こって不思議はない」と考え、対策を練っておかなければならない問題です。

 

現時点で後継者が決まっていない開業医については、まず誰に承継するのかを考えることから始めなくてはなりません。後継者が決まっている場合でも、いつ承継するのか、どんな方法で承継するのかなどといった計画を立てる必要があります。

 

病院の承継は「出資持分さえ渡してしまえばOK」というわけではありません。病院経営のノウハウや従業員との関係、患者情報、取引先や地域社会との関係など、目に見えない部分の引き継ぎもたくさんあるのです。これらをどうしていくかは、開業医と後継者とで一緒に考え、足並みを揃えて進めていく必要があります。

 

こうしたことを何にも考えないで、ノープランで相続を迎えるようなことがあれば、その開業医家族は次から次へとトラブルに見舞われ、最悪の場合、病院ごと一族もろとも総倒れになってしまうことでしょう。万全な準備をしていてさえトラブルが起こるのですから、ノープランならなおのこと危険です。

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    井元 章二

    幻冬舎メディアコンサルティング

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