クリニックの税務調査で「心証」をよくするには
税務調査官も人の子なので、やはり調査時のドクターの態度や対応によって、質問の仕方が厳しくなったりソフトになったりすることもあるでしょう。そのため、調査官に対する心証をできるだけよくするよう努めるにこしたことはありません。
まず最低限、調査のために必要となる資料はしっかりと手落ちなく準備しておくことです。アポイント帳やスタッフの履歴書、タイムカードなど、通常であれば必ず準備されているはずのものが用意されていなければ、故意に資料を提供しないと受け取られ調査の入り口段階で相当に印象が悪くなることは避けられません。
また、提供する資料については、コピーを求められることがあります。もちろん、このような要請に対して応じなければならない法的な義務があるというわけではありません。
しかし、協力することで調査が円滑に進み、調査官とのコミュニケーションもうまく運ぶことになるので、こうしたリクエストに対しては、むしろ快く応じることをお勧めします。調査官に対して誠意のある対応と協力をすれば、おのずと適正な会計処理をしていることが相手に伝わります。
また、やましいことがないという点も伝わるでしょう。税務調査では調査官を決して敵対視することなく、スムーズなコミュニケーションを図ることが重要になるのです。
関与税理士が変わったところを狙われる?
世間一般的に「会計事務所を変えたら税務調査が入った」ということを耳にします。当事務所においても例がないわけではありません。果たして税務署はこの点に着眼しているのでしょうか。
諸説があるようですが、税理士変更と調査先選定には関係がないといわれています。というのも、税務署において、税理士を管理する部署は総務課であり、調査対象先を管理する部署は各課税部門(医療法人は法人課税部門で個人医院は個人課税部門)となっており、管理部署が異なるからです。
ご存じのように税務署は縦割り組織であるため、想像以上に横の繋がりは希薄です。こうした組織において、税理士変更情報がいちいち総務課から各課税部門に報告され、そのことが調査先選定時に反映されているとは思えないからです。
しかしながら税理士変更後に入った税務調査において追徴税額が過大となるケースがあることも事実です。なぜならば、調査対象期が関与税理士の変更前と変更後に重なっている場合、変更後の税理士は変更前の申告内容について戦ってくれないからです。
自分が申告書を作成した期については一生懸命ですが、そうではない前税理士が申告した期についてはまるで他人ごとという会計事務所も少なくないようです。その結果、当然のことながら、調査官は取りやすい期を攻めて追徴税額を獲得するのです。
会計処理を日々適正に行うことが大切となる
税務調査においては、原則として直近期以前の合計3事業年度分の会計資料等についてチェックが行われます。
税務署から税務調査の連絡を受けてからこれらの資料を用意するのでは、日々の診療の合間をぬって準備をしたとしても当然のことながら時間が足りません。人間の記憶というものは不確かなもので、2年前、3年前のことについてすべてをはっきり覚えているという可能性は限りなくゼロに近いわけですし、また、まとめて3年分の調査準備をすることは不可能に近いでしょう。
毎日の積み重ねが1カ月となり、毎月の積み重ねが1年となるわけですから、日々適正な処理を遂行することで、調査の連絡を受けてからあわてて準備するような事態は回避できます。また、金銭管理がルーズだと、調査時に申告漏れを強く疑われることになりかねません。よって日頃の現金管理も適切に行っておく必要があります。
こうしたことを踏まえて、日々のクリニック運営において、少なくとも、以下の作業についてはしっかりと行うよう心掛けてください。
●記帳業務
最低限、現金出納帳の記帳は不可欠です。代わりに電子カルテやレセコンの日計表に出金入力をしても問題はありません。毎日、窓口を締めた後に日銭をチェックし、かつ記帳することが大切です。
●備忘記録
伝票の起票をしている場合は問題ありませんが、時間的な理由や能力的な理由で起票が困難な場合には、せめて領収証やレシートに、食事をした相手や内容をメモするように努めてください。会計事務所が記帳代行をする際にもその処理がスムーズとなります。
●現金預け入れ
前日の日銭を翌日に預け入れすることが毎日できていれば、いうことはありませんが、少なくとも週に1回程度は手許現金の預け入れを行ってください。防犯上も有効です。
●資料の保管整理
請求書や納品書、領収証やレシート、国保、社保の振込通知書、給与明細やタイムカードといった会計資料については、事業年度ごとに整理のうえ保管してください。いざ調査という際に、どこにどの事業年度の資料が保管してあるのかわからないような事態は絶対に避けるべきです。整理整頓が不得手なドクターは、その旨を会計事務所に伝え、適切な指導を受けてください。
●棚卸
事業年度末には、スタッフの協力のもと、必ず実地棚卸を行って棚卸表の作成をしてください。棚卸をすることで適正な期間損益が把握できますし、また税務調査時においても棚卸表の提出を求められるからです。
スタッフ指導に力を入れ、長く勤めてもらうことも大切
日頃の現金管理を適切に行うためには、窓口の受付担当者など事務スタッフの指導に力を入れることも大切です。
そして入金専用の口座を開設して、銀行への現金預け入れの作業をスタッフに行わせる体制を整えるとよいでしょう。入金業務については、配偶者に任せているクリニックも多いでしょうが、奥様も忙しくなかなか銀行に足を運べない状況を考えれば、スタッフに委ねてしまうほうが合理的でしょう。身内ではなく他人が現金管理をしている場合は、調査官の現金チェックが省略されることも多いのです。
また、資料整理についても、請求書など中身を見られても構わないものに関しては、特定のスタッフにファイリングをサポートさせることを検討してもよいでしょう。整理作業の効率化の観点から、スタッフと会計事務所に共同でこれらの作業を行わせる機会を設けてもよいかもしれません。
医療従事者の中には、転職癖がある人も多いので、じっくりと腰を落ち着けてくれるようなスタッフを探すのはなかなか大変です。
しかし、税務調査にスムーズに対処するためには、スタッフにできるだけ長く勤めてもらうことが重要となります。長年勤めてきたスタッフは過去に行われた調査の経緯も把握していますし、必要な資料についてもすぐに探し出すことが可能です。そのためには、給料や待遇などスタッフの雇用条件への配慮をおろそかにしてはなりません。厚遇して長く勤めてもらうことが大切なのです。
スタッフの「売上金の横領」にも注意が必要
スタッフの採用に関して、一点注意を促しておくと、医療従事者の中には、残念なことに“盗癖”をもっている人、つまり、レジの中の金銭を着服するような人が存在します。スタッフによる不正が行われている場合、毎日、2000円前後の額が横領されていることが多いので、すぐには発覚せず、会計事務所のチェックによって明らかになるケースがほとんどです。
先日も、あるクライアントのクリニックの売り上げが、どうしても月額で3万円ほど合わず、1カ月ならばともかく、2カ月、3カ月とそれが続いたので不審に思って精査したところ、受付スタッフが横領していたことが判明しました。自費診療収入について記録したレセコンデータまで改ざんするなど、その手口は悪質かつ巧妙でした。
スタッフの横領は、クリニックの経費にはなりません。管理責任は院長にあるため、管理不行き届きということになるのです。お金を盗られて、経費にもならず、まったくなす術がありません。厳重な窓口現金管理が大切です。
メディアに出ると税務調査のターゲットになりやすい
不要な税務調査を受けないためには、メディアにできるだけ露出しないことが大切です。ドクターの中には、一般の人よりも目立つ生活を送っている人がいるのは事実です。そのようなドクターのもとには、雑誌やテレビ等が様々な名目で取材に訪れることが多々あります。内容は、豪邸から高級車、クルーザーまで様々です。
税務署には、メディアチェックをしている部署があって、ドクターに限らず富裕層が登場した雑誌、テレビ等を隈なくチェックしています。そして、申告書と照らし合わせつつ、申告所得と不一致な内容を発見すると税務調査を行うのです。
そのため私は、クライアントに対しては、極力メディアの取材を受けないよう指導をしています。というのも税務調査が入ることで、決してやましい点がなかったとしても、当事者であるドクターに過重負担がかかるからです。