借金に反対!することが多い理由
筆者は、過去に書いた資産運用やお金一般を論じる書籍や原稿で、概して「借金」に対して否定的だった。
個人的に借金に対する警戒的な感覚が養われたのは、総合商社の財務部に勤務していた新入社員時代だった。当時の商社は、銀行から多額の資金を借りてビジネスを行っていたが、「金利」というものは、借りると高く、運用しようとすると低いことを、嫌というほど感じたものだった。
当時、筆者の勤めていた会社の向かいにメインバンクの本店があり、この上階の社員食堂から向かいを見下ろすと、商社の屋上が低い位置にあり、情けなく見えたことを覚えている。「金利を取る立場と、払う立場では、こんなに違うものなのか」との思いが、可視化された風景だった。
先輩から聞いたのか、自分で捻り出したのかは忘れたが、「返済に勝る運用なし」という標語を、当時よく呟いていた記憶がある。
[図表1]を見ていただこう。証券アナリストの勉強をされた方にはお馴染みだと思うが、リスク資産を組み合わせた「有効フロンティア」とリスクフリー金利での運用と借入を組み合わせてできる「資本市場線」が示されている。
資本市場線は、理論上、市場でフェアに取引できるリスクと期待リターンの組み合わせを示すものなので、この線からの下方への乖離(かいり)幅で運用対象を評価することができる。
有効フロンティア上にある同じリスクと期待リターンの対象に投資する場合、手数料の低い(マイナス幅の小さい)ファンドが「いいファンド」で、手数料の高いファンドが「ダメなファンド」であることは、容易にご理解いただけよう。リスクを揃えて、期待リターンを比べる要領だ。
この考え方から借金を評価すると、返済のリスクがゼロなら、期待リターンがリスクフリー金利よりも高いので、貸し手は資本市場では得られない有利な条件を得ていることになり、それを与えている借り手の側はこの取引にあって自分の側が大いに不利である理屈だ。
加えて、借金の返済は、その金額に関して、自分が借金を100%返す前提なら、「無リスクで、無リスク金利よりも高い期待リターンの運用」ができることに相当する。これは、可能なら、逃したくないチャンスだ。例えば、他方に、預金、現金、国債などを持っているなら、ぜひ借金の返済を検討したい。
以上のような理由から、筆者は、「大幅に不利な条件による運用の損得」に相当するとして借金を嫌い、そもそも借金をしないことや、借金がある人には早めの返済を勧めることが多かった。
これ自体は、現在も当てはまるケースの多いアドバイスだと思う。
もう一点付け加えると、一般向けの本を書く立場からすると、個人のお金に関する大失敗や破綻の多くは、借金をすることによって起こるので、借金を排除しておくと無難だという考慮があった。収入の範囲内で支出する生活をする方が無難だし、大きな借金をして証券や不動産に投資した時にしばしば悲劇が起こる。
「借金してまで投資してはいけない」と言っておくと、マネー本の著者としては気が楽なのだ。
「良い借金」の三条件とは?
一方、世間にあって、借金は企業にも個人にも広く利用されている。
企業の場合、銀行から資金を借り入れたり、社債を発行したりして、借金を行い、設備投資、人の採用、原材料の仕入れなどを行うことは、もちろん十分な検討と成算を前提とすべきだが、よくあることだ。
企業の借金は、ビジネスを大きくするために役に立ち、言わば時間を短縮する効果がある。無借金にこだわって、利益を稼いでから、これを再投資してビジネスを大きくしようとすると、成長に時間がかかったり、ビジネスチャンス自体を失ったりする場合がある。
借金は必ずしも悪いものではない。思うに「良い借金」の条件は三つある。
(1)資金使途の方が借金よりも期待利回りが十分高い
(2)確実に返済できる借金である
(3)借入金利が市場金利に対して大きくは高くない
の三点だ。
金利を払ってお金を借りる以上、その金利を上回る利益が得られる計算が立つのでなければ借金をする意味がない。また、常識的には返せなかった場合のコストが莫大なので、借金は確実に返す前提で行わなければなるまい。さらに、市場金利以下での借入は困難だが、市場金利から離れた高金利での借金は避けたい。