有効な節税手段として活用している人も多い「生前贈与」。その手軽さゆえに、申告や納税を失念してしまうケースも多く、その場合重い追徴課税が徴収されかねません。本記事では、相続・事業承継を専門とする税理士法人ブライト相続の竹下祐史税理士、天満亮税理士が、具体的な事例とともに、「贈与税の時効」について説明します。

「贈与契約書」は税務署に説明するために有効な手段

それでは実際の税務調査の現場において、贈与税の時効が認められるのかというお話しをしましょう。

 

一般に個人間の贈与の事実を税務署がその都度調査するということは、現実的にはありません。日本での銀行間でのお金のやり取りを税務職員が見つける度に、それぞれのご家庭に電話して、「このお振込は贈与に該当しますか?」なんていうやり取りは出来ませんよね。お金が移転するのは何も贈与だけではなく、様々な理由があるからです。

 

贈与が成立しているか、時効は有効か否かを把握するタイミング、それは相続が発生し、相続税の税務調査が行われる時に問題となります。相続税の税務調査の調査率は非常に高く、複数の論点につき確認が行われ、特にお金の流れ、贈与についても入念に確認されます。

 

そもそも贈与とは、下記の要件を満たす必要があります。

①あげる人・もらう人がお互いに贈与という行為を認識し、相互の合意があること

②贈与された財産をもらった人が自由に管理・支配できること

 

上記の要件を満たし(贈与が成立)、税務署に対して時効を主張するためには、どの時点で要件を満たしたか(贈与が成立したか)を客観的に説明する必要があります。説明するために有効な手段が「贈与契約書」です。

 

税務調査による立証責任(証明する責任)は原則としては納税者でなく税務署側にありますので、贈与契約書がなくても必ず追徴課税されるわけではありません。ただし特に金額が多額の贈与に関する時効を納税者が主張する場合には、契約書等の客観的な証拠を強硬に求めてくることが多いのが実情です。

 

要件を満たさない場合には、贈与が成立していないと解され、例えば名義財産と認定され、相続財産として課税されてしまう場合があります。

 

以上のように、贈与税の時効成立を主張するためには一定のハードルがあります。会計事務所や税理士法人のホームページ等を見ても、「贈与税の時効の成立は難しい」という論調が主流であるように思います。ただ、筆者の実際の税務調査の経験では、「贈与税の時効成立」が認められたケースも多くありますので、決して超えられないハードルではありません。

贈与税の時効が認められたケースとは?

裁判でも、時効が認められたケースと認められなかったケースがありますので、事例(判例)で具体的に見てみましょう。

 

まずは贈与税の時効が認められた事例(判例・平成17年3月30日静岡地裁)をご紹介しますね。

 

<状況>

ある大手企業の社長には3人の息子さんがいました。

 

長男は昭和63年に株の投資のために自分が役員である会社から2億円を借りて株式投資を行いましたが、値下がりを続け、この投資は失敗しました。

 

長男はこの2億円を返済できなくなったため、社長が「出してやれ」と言って、自分の会社の経理担当者に指示し、平成2年に社長個人の預金から息子の口座に2億円が振り込まれ、借入金2億円を返済しました。

 

二男も平成2年に会社から10億円を借りて株式投資をしましたが、長男と同じように失敗したので、また社長は平成3年に二男の口座に10億円を振り込み、二男は借入金を返済しました。三男も株式投資に失敗して20億円の借入金があったため、平成2年に、社長は三男の口座に20億円を振り込みました。

 

社長が3人の息子に振り込んだ金額は合計32億円になります。どの振り込みについても、贈与契約書や金銭消費契約書等の書類は作っていませんでした。贈与税の申告もされていませんでした。また、その後息子さんたちは社長からこのお金の返還を求められたことはなかったということでした。

 

社長は平成8年に死亡し、この32億円については、相続税の申告でも処理していなかったため、相続税の税務調査で問題とされました。

 

<息子さんたちの主張>

息子さんたちは以下のように主張しました。

 

・社長は振り込みを行った際、それが贈与であることを明言していた。

・一連の資金のやりとりについて、贈与契約書や贈与税の申告はしていませんでしたが、社長から資金の返還を求められたことはなかった。

・32億円は息子たちの口座に振り込まれており、確実に息子たちの管理下になっていた。

・上記から、実態は「32億円の贈与」だった。

・贈与されたお金なので、社長が亡くなった時点で社長の財産ではなく、相続税の課税対象ではない。

・贈与税は支払っていませんでしたが、税務調査の時点で贈与税の時効も過ぎているので、贈与税の支払い義務もない。

 

<税務署側の主張>

これに対して税務署側の主張は以下の通りでした。

 

・社長が資金援助して助けたかったのは、3人の息子さんたちではなく、当時銀行から返済を迫られていた会社であり、32億円は返済のための資金として渡した。

・贈与契約書が作られていないので「贈与の合意」はなく(贈与ではなく)、借入返済の立替金である。

・この32億円の立替金(貸付金)は相続税の課税対象となる。

 

<裁判所の判決>

それぞれの主張に対して、静岡地裁は最終的に以下のような判決を下しました。

 

・32億円の振り込みをしたときに社長は経理担当者に「出してやれ」と伝えたが、これが「贈与」を意味していたかは明確ではなかった。

・経理担当者も3人の息子も、社長の「出してやれ」という言葉は贈与を意味するものと理解していた。

・息子たちは、社長から返還を求められたことがなく、返済するだけの資金がなかったことも明らかであり、立替金(貸付金)とはいえない。

・贈与税の申告をしなかったことが、「贈与」がなかったことに、直ちに結びつかない。

・上記のことからこの32億円の振り込みは贈与と言える。

 

結果として、この32億円について相続税の対象ではないこととなり、また贈与税の時効も過ぎているため贈与税の課税もできないことになりました。

 

32億円という非常に多額なお金について、贈与税の時効が認められたケースとなります。

本連載は、「贈与のススメ」の記事を抜粋、一部改変したものです。

人気記事ランキング

  • デイリー
  • 週間
  • 月間

メルマガ会員登録者の
ご案内

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

メルマガ登録