将来の相続税を考慮し、節税に繋がる「生前贈与」の活用が広く知られるようになりました。しかし、やり方を間違えれば、贈与が認められず結果的に多く税金を払うというケースにもなりかねません。本記事では、相続・事業承継を専門とする税理士法人ブライト相続の天満亮税理士、竹下祐史税理士が、相続税と贈与税について説明します。

「相続時精算課税」贈与は相続税の節税には向かない⁉

前回取り上げた「暦年課税」の贈与は、長期的に、複数の方々に贈与を行うことで、相続税の節税効果が見込める、という特徴がありました(関連記事『相続税対策としての「暦年課税贈与」…結果的に損得どちらか?』参照)。

 

それに対して、制度の趣旨から効果まで全く異なるタイプの贈与が、2003年(平成15年)に登場しました。

 

それが、「相続時精算課税」の贈与です。

 

「暦年課税」贈与のような、非課税の枠が年間110万円というチマチマした金額(?)の話ではなく、なんと2,500万円(!)まで贈与税がかからないという、画期的な贈与の制度です。

 

もちろん、良いことばかりではありませんので、「暦年課税」贈与との違いに着目していきながら、その特徴を見ていきましょう。

 

相続時精算課税贈与とは、一定の要件を満たす生前贈与に、2,500万円までの特別控除を認める制度です。2,500万円を超えた部分については、一律で20%の贈与税がかかります。

 

一方の「暦年課税」贈与は、その名の通り暦年(毎年1月1日~12月31日)ごとに110万円ずつの非課税の枠がありますが、「相続時精算課税」贈与は、非課税枠の累計が2,500万円です。累計2,500万円ということは、110万円の22~23年分ですから、皆、累計2,500万円の方を選んでも良さそうですが、必ずしもそうはなりません。

 

まず、相続時精算課税の贈与は、誰でもできるわけではなく、対象者に制限があります。贈与者は60歳以上の両親・祖父母、受贈者は20歳以上の子・孫、ということです。年齢は、贈与をした年の1月1日における年齢で判断します。

 

また、そもそも基本的に「相続時精算課税」贈与は、「暦年課税」贈与と違い、相続税の節税には向きません。

 

もう一度、名称を振り返ってみましょう。「相続時精算課税」贈与はその名の通り、「相続時」に「精算」して「課税」されます。贈与をしたということは、その贈与財産は贈与をした人の財産ではなくなるため、その贈与者が亡くなった場合の相続税の対象財産には、本来ならない(直近3年内贈与を除く)のですが、この「相続時精算課税」による贈与の場合は、そうはいかないのです。

 

相続開始時に、相続時精算課税制度による生前贈与分と、そもそもの相続財産を合算して、相続税額を算出することになります。

 

[図表1]
①3000万円生前贈与したとき、贈与税100万円かかりました。 [図表1]
[図表2]
②相続の時には、3000万円を足し戻して計算した相続税(770万円)から、支払い済み贈与税(100万円)を清算して相続税(670万円)を支払います。 [図表2]

 

相続時精算課税で孫が贈与を受けていた場合は、祖父母の一親等の血族や配偶者ではないため、相続税の2割加算の対象にもなります。

 

ちなみに、贈与税の非課税枠2,500万円を超えた場合に支払う20%相当の税額も、相続時に精算され、払い過ぎた分があれば還付されますので、ご安心ください。

 

そもそもこの相続時精算課税制度は、暦年課税の贈与とは制定された趣旨が違います。

 

日本が高齢化社会を迎えているというのは誰もが認識していることかと思いますが、財産も若い世代よりも年配の世代に集まりがちで、住宅費や子の教育費などでお金が必要な若い世代は、お金を使いたくても使えません。そんな状況の中で、年配の世代から若い世代へ、税金の心配なんかしないで積極的に財産を移してもらい、経済を活性化させたい、という意図で設けられた制度です。

贈与税の「申告書」を提出する必要があるが…

相続時精算課税制度が制定された趣旨も理解したうえで、相続時精算課税贈与を実行しよう、となったとしましょう。

 

その前に、必ず認識しておくべき注意点がありますので、ご紹介したいと思います。

 

【「暦年課税」贈与に戻れない】

代表的な注意点としてまず考えられるのが、「暦年課税」の贈与には戻れない、ということです。毎年110万円までは贈与税がかからない制度が、いったん相続時精算課税の贈与を実行してしまうと、使えなくなってしまうのです。一度選択すると、撤回ができません。よく考えてから、適用をするようにしましょう。

 

よく誤解されますが、あくまでも撤回できないのは、当事者間に限った話です。例えば祖父から子への贈与に対して相続時精算課税制度を適用しても、父から子への贈与にこの制度を適用しないのであれば、父からの贈与では暦年課税の贈与(毎年110万円まで非課税)が使えます。

 

【小規模宅地特例が使えない】

相続時精算課税制度によって贈与された土地については、小規模宅地等の特例を使うことができなくなってしまいます。

 

小規模宅地等の特例の対象となる土地等や、物納ができる土地等は、相続又は遺贈により取得したものであることが要件です。相続時精算課税で贈与を受けた財産は、贈与により取得した財産ですので、たとえ課される税金は贈与税ではなく相続税ではあっても、小規模宅地等の特例は使えませんし、物納もできません。

 

【贈与税申告が必須=税務署にも情報が筒抜け】

この制度を選択する場合には、贈与を受けた年の翌年2月1日から3月15日の間に、一定の書類を添付して、贈与税の申告書を提出する必要があります。

 

そうでなければ、この制度の特別控除枠2,500万円を利用できません。ということは、税務署にも、誰が相続時精算課税制度を使っているかが記録として残るわけです。

 

ここが、税務調査で大問題になります。

 

実務で相続税申告業務を行っていて、ご遺族の方々にお会いすると、過去に提出した相続時精算課税贈与の申告書について失念している方々が非常に多いことを実感します。

 

相続税の申告に直接的に影響する話なので、ご遺族の方々には当然、相続時精算課税贈与の有無についてしっかりと確認するのですが、何年も前(2003年に創設された制度なので初期に適用を受けた方にとっては15年くらい前)の話なので関係ないと思っていたり、そもそも当時は(贈与金額が2,500万円以下なら)贈与税を払っていないので、贈与を受けていたという認識すら薄い方々が非常に多く、相続税の対象から外して申告をしてしまう、ということが起こりがちです。

 

しかし、税務署には相続時精算課税贈与の記録がしっかりと残っていますので、後日、税務調査で指摘され、税理士として闘いたくても闘うことすらできずに即、修正申告、となってしまいます。

相続時精算課税贈与が「相続対策」となるケース

今までご案内してきました通り、相続税の節税の面から言いますと、あまり相続時精算課税贈与はお勧めではない、ということがご理解いただけたかと思います。

 

しかし、相続時精算課税贈与が、相続税の節税対策となることもあります。生前贈与であっても、結局のところ相続税の対象となってしまう、というのはその通りなのですが、相続税の対象となる評価額は、贈与を受けた時点での評価額となります。

 

つまり、贈与を受けた財産が、贈与時よりも将来の相続時の方が確実に値上がりするのであれば、値上がりする前の低い金額で相続税の計算ができますので、節税効果があるということです。

 

具体的には、立地の良い不動産や、業績が好調な会社の株式でしょうか。他にも、収益物件(賃貸不動産)を贈与するということも、相続税の節税に繋がると言えます。

 

相続時精算課税制度を利用して賃貸不動産を子・孫に贈与して、その不動産から上がってくる賃料収入の蓄積を防ぐ、という相続税の対策です。定期的な賃料収入があると相続財産が増えていきますので、収益物件を贈与することで賃料収入が子・孫に入ることになり、祖父母・親の相続財産の蓄積を防ぎながら財産を子・孫のものにする、ということが可能となるのです。

 

収益物件の土地と建物を両方贈与することが難しい場合には、建物のみを贈与することが一般的です。建物を贈与する際の評価額は固定資産税評価額となりますが、土地に比べれば安価なことが多く、2,500万円以下に収まることもあるでしょう。

 

賃料収入は、土地ではなく建物の名義人に帰属しますので、贈与後に子・孫に賃貸人変更を行い、賃料収入が振り込まれる口座も変更しましょう。賃料収入が子・孫に振り込まれるようになった後は、毎年の所得税の確定申告も必要となりますので、注意が必要です。

 

また、相続税の節税対策に限らず、広い意味での相続対策として、遺産分割に効果的な場合もあります。

 

財産所有者がお元気なうちに財産の行先を決める方法としては、遺言を遺すというのが代表的な方法です。しかし、遺言の方法では、いつでも撤回できることや、方式の不備などで無効となる恐れがあることから、万全ではありません。

 

その点、相続時精算課税制度を利用して、例えば父が長男に自宅の不動産を生前贈与すれば、父の死後に自宅の不動産を誰が相続するかという争いは避けられます。

 

[図表3]
[図表3]

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