少子高齢化による人材不足、経営環境の変化など様々な問題の影響により、会社の事業承継で頭を抱える経営者が増えています。一方、事業承継の方法として年々増加傾向にあるのが、M&Aです。本連載では、事業承継を控える経営者に向けて、M&Aの基本を紹介していきます。今回は、調剤薬局業界のM&Aについて考えていきます。

調剤薬局のM&Aが活発になった背景は?

昨今、調剤薬局のM&Aが活発になっています。その背景にあるのが、厚生労働省が推進する「患者のための薬局」です。

 

日本は明治時代にヨーロッパを見習って、医薬分業を始めました。医薬分業をわかりやすくいえば、処方箋を出すのは医師で、薬を調剤するのは薬剤師にという分業です。また、薬剤師大憲章に、医師が薬局を持つことが禁じられています。

 

医薬分業により、病院の前にある「門前薬局」と呼ばれる薬局が一気に増え、厚生労働省の発表では、平成29年末の時点で全国の薬局数は、なんと59,138軒もありました。

 

しかし2018年、厚生労働省は「患者のための薬局」を推進することを決定。今まで診察を受けた病院の近くにある門前薬局から薬を受取るという仕組みから、どの医療機関で受診しても「かかりつけ薬局」で薬を受取ることに切り替えることになったのです。

 

今まで分散していた薬局の利用がかかりつけの薬局に集約され、そのことで重複していた医療費が押さえらえる一方で、かかりつけの薬剤師がいないグループ薬局、病院の前にある門前薬局に影響が出るようになったのです。

 

それにより、薬の服用歴などの情報を一元管理できたり、多剤・重複投薬の防止が防止できたり、医療費の適正化が期待されたりなどのメリットが生じました。

 

出所:厚生労働省「患者のための薬局ビジョン」
未来の医療環境

 

一方、かかりつけ薬剤師がいないグループ薬局は個人経営の薬局の買収に乗り出すなど、調剤薬局のM&Aが活発になりました。

 

M&Aを活用することによって、売手買手にそれぞれにメリットがあります。

 

まず売手薬局のメリットとして大きいのは、「売却益を得られる」ことです。譲渡の場合、譲渡益の20%のみ課税されるので、手元には多くの資金を残すことができます。老後資金にしたり、新しい事業の立上げ資金にしたりなど、様々な活用方法が考えられます。

 

また調剤薬局の業界の約7割は個人薬局で、後継者がいない問題で悩まれている経営者も多くいます。M&Aを活用することによって、売却益を得た上に、「後継者問題も解決できる」という一石二鳥のメリットが得られます。

 

さらに大手薬局チェーンに売却ができれば、薬品の仕入れが一括でできることによってコストを抑えられたり、既存客に質の良いサービスを提供できたりというメリットも考えられます。

 

一方、薬局のメリットとして大きいのは、「効率よく事業拡大ができること」です。すでにそのエリアにある薬局を買収した方が、不動産探し、地域調査などの手間を省くことができ、購入後すぐに安定した収入を得られることができます。

 

また複数の薬局の運営により、仕入れ薬の量が増え、薬の仕入れ価格をおさえることができます。仕入れのコストをおさえることができれば、利益増に繋がります。

 

さらに新しく薬局の開業を検討している場合、ゼロから準備を始めるのは非常に大変です。開業したところで、患者を集めるのも苦労することでしょう。M&Aで薬局を買収できれば、物件の改装費、設備、医薬品の仕入れの費用から、薬剤師、患者まですべて引き継ぐことができるので、開業の手間を省くことができます。

 

一方、異業種からの参入の場合、業界のノウハウがなく、課題ばかりですが、薬局を買収することができれば、最初から売上を見込むことができるでしょう。

調剤薬局のM&A…成功のためのポイントは?

せっかくのM&A、ぜひ成功させたいのは売手も買手も同じです。それぞれのポイントを見ていきましょう。

 

まず売手についてですが、上記のとおり、調剤薬局業界の約7割は個人経営の薬局が占めています。個人経営薬局の数がかなり多いことから、供給過多になりやすい業界であるといえるでしょう。

 

また、今まで2年一回の診療報酬・調剤制度の改正は、年1回にと変更となり、調剤薬局の利益幅が更に縮小することが予想されます。売却対象の調剤薬局が飽和状態のうえに、利益も縮小傾向だと、自然に売却価格も下落する流れがあります。売却を検討する経営者は、売却の条件が悪くなる前に、余裕持って売却の準備を進めるといいでしょう。

 

次に買手側ですが、まず薬剤師の情報を把握することが重要です。地域密着の調剤薬局の場合、実は薬剤師が足りないところも多くあります。買収する前に現状のままで稼働できるか、事前に在籍している薬剤師の人数や年齢。給与などの情報を明確に把握するようにしましょう。薬剤師が足りない場合、新しい人を雇用する時の人件費をファイナンス計画する必要があります。

 

また門前薬局など地域の病院やクリニックが主な処方元となる薬局を買収する時は、M&Aをしたあとに患者数を減らさないために、買収する前に病院やクリニックの理解を得るようにしましょう。そのような交渉、説明をしないでいると理解が得られず、買収後に想定売上を達成できないなどの影響がでることがあります。

 

 ◆まとめ 

少子高齢化の影響により、調剤薬局業界をはじめ、様々な業界において再編、合併が進んでいます。業界の再編に取り残されないため、タイミングを見て企業を買収したり、有利な条件で売却したりすることが、M&Aで成功する大きなポイントといえるでしょう。

 

本連載は、株式会社エワルエージェントが運営するウェブサイト「M&A INFO」の記事を転載・再編集したものです。今回の転載記事はこちら

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