既存マーケットでの競争に有利なのは大企業
e-Channeling(診察予約)やFindmyfare.com(航空券手配)のように各分野のパイオニアと呼べるほどの初期段階でサービスを開始しない限り、幅広いニーズが見込まれる分野でのスタートアップには、すでに何社かの競合他社がいるはずだ。チャンスの大きな分野であれば、高い評価を受けてベンチャー・キャピタルを獲得することも望める。
また、これらの企業はそれぞれの分野で独占的な地位を目指して、「ランドグラビング(土地奪取)」モードに入ることがあり、そのための資金を常に注入し続ける必要が生じる。よって
、このような分野で事業を始める若手起業家は、相当の資金を調達する必要がある。だが大学を卒業したての若者は、必要な人脈や経験がないため、これらの分野へ新規参入することは困難になっている。
実際には、大企業の方がマーケットの多様な需要に対するソリューションを提供できる立場にいる。そして、起業家精神を抱く若者もこのようなイニシアティブを持った企業の一員になる方が、より良い機会に恵まれるかもしれない。たとえば銀行あるいは携帯電話事業会社に就職する方が、近距離無線通信(NFC)※1によるカードシステムあるいはピア・ツー・ピア型送金アプリ※2の開発者として、より有利になるだろう。
同様に、既存のメディアやエンターテイメント企業の方が、現地向けのSpotify※3やネットフリックス※4を企画できる立場にいるかもしれない。一般的に既存の企業はテクノロジー面でスタートアップ企業に遅れを取りがちだとされる。しかしスリランカでは、スタートアップ企業の資金集めが致命的な障害となり、ニーズがすでに見込まれている分野においては、既存企業が有利になっている。
スリランカが目指すべきは「テスト」としての市場!?
一方で、今までになかったビジネスモデルに実験的に取り組むタイプのスタートアップ企業は、スリランカにはあまり存在しない。このような新しいアイデアを追求している起業家たちは資金を集める中で、逃れようのないジレンマに苛まれがちだ。スリランカのマーケットの規模が小さいために、競合相手がいないというメリットがある一方で、十分なベンチャー・キャピタルを獲得することが困難であるというデメリットがあるのだ。
これに対する唯一の解決法は、スリランカ外に手を広げ、より広範囲の地域に向かうことだ。そのためには、より多くの資金が必要になり、また、投資家およびビジネス戦略のマネジメントが注意深くなされなければならない。
場合によっては、スリランカをテスト・マーケティングのための場として捉えて、スリランカでの試行を通じ、形にしたいビジネスモデルの可能性を確認してから、国外への展開を計画するという戦略を持つべきかもしれない。
新製品のプロダクト・マーケットフィット(PMF)※5を考える中で、新しいビジネスモデルに実験的に取り組む起業家たちは、本質的にはこれまで存在していなかったマーケットを創出し、アーリー・ムーバーとしてその市場を独占できる立場につくことができる。そのため、そのビジネスモデルの目新しさや、そのアイデアが内包する展開力次第では、早い段階から高い評価を得られる可能性がある。
スリランカのベンチャー・キャピタル市場の深みと広がりが増すにつれ、スタートアップ企業が資金調達で直面するジレンマは消えてゆくかもしれない。
そして、これは夢物語ではないと思っているが、もし今の努力が報われ、スリランカの都市部および郊外でインターネットが低コストで利用できるようになれば、個人向けインターネットサービス分野において、世界的に展開したいと考えるスタートアップ企業にとって、スリランカは自らの目論みが成功するかを実験できるテスト市場として、唯一無二の地位を確立することができるのではないだろうか。
※1近距離無線通信(NFC)
Suicaやおサイフケータイなどに使われいる、近距離間での通信を非接触で行う技術のこと。
※2ピア・ツー・ピア
ピア・ツー・ピアとは、もともとは情報通信技術の用語であるが、ここではネットを通じての個人間のやり取りのことを指し、その技術を応用した送金アプリでは、銀行を介さずに個人間でお金のやり取りが可能となる。P2Pと表記されることも。
※3Spotify
スウェーデン発祥の世界最大手の音楽配信サービス。
※4ネットフリックス
米国発のネットでの動画配信サービス。もともとは郵送でのDVDレンタルから始まった企業。
※5プロダクト・マーケットフィット(PMF)
供給する商品・サービスがマーケットのニーズと一致すること。スタートアップ企業はPMFに達することが求められる。