還暦まで「10年」を切る50代
50歳を超えると、それまでと明確に人生観が変わる点があります。それは「人生のマジックカウントが始まる」ということです。40代までは「人生、まだまだ先は長い」と思って生きているのですが、50歳の河を越えると一気に「人生を終わりからカウントし始める」のです。定年年齢はケースバイケースですが、多くは60歳で一旦区切られて再雇用になりますし、なんといっても「還暦」は誰でも60歳なわけで、50歳を過ぎると、還暦(や定年)までの時間が「10年を切る」のです。
しかも、歳を取れば取るほど時間の流れ(の感じ方)は速くなる一方ですから、あと10年なんてあっという間です。そういう意味で、50歳を過ぎると、突如として人生のマジックカウントが始まるのです。
最近、「60歳なんてまだまだ若いですよ」とか「人生100年時代」とかいう言葉を耳にしますが、それらは嘘だと思っておいたほうがいいでしょう。「60歳は、やはり年寄り」ですし、「人生100年は、あるかどうかはまったくわからない」と思っておくべきです。
そして最近では「健康寿命」ということが言われ始めました。「健康寿命」とは、「日常的または継続的な医療や介護に依存せず、健康上の問題で日常生活が制限されることなく、自立した生活ができる生存期間」のことをいい、(厚労省が公表している一番新しいデータが2013年のものなのですが)2013年時点で日本では男性が71.2歳、女性が74.2歳といわれています。つまり、元気なのは平均的にいえば男性71歳、女性74歳までなのです。
すると、ここではっきりすることがあります。それは、「50代のうちに(=遅くても60歳までに)老後対策を完成しておくべきだ」ということです。60歳からは、誰が何と言おうと「老後」であり、健康な時間が男性で11年、女性で14年しか残っていないのです。平均寿命が男性は80.8歳、女性は87.1歳ですので(2016年厚労省発表)、健康ではない時間が男性であと10年、女性であと13年あるのです。それらを合わせた時間(男性で21年、女性で27年)が「老後」です(もちろん、もっと長いかもしれませんし、もっと短いかもしれません)。
その時間を安泰に過ごせるように対策するのが「老後対策」なのです。
このように、50代になると「老後」というものがはっきりと見えてきます。そして、50代が「老後対策の完成期」なのです。40代半ばから始めたとして、60歳までの15年間が「老後対策」の準備期間です。十数年間が準備期間で、そのおかげで60歳から男性で21年間、女性で27年間が安泰になるのですから、比率としては「15:21」ないしは「15:27」ということで、まあまあよい比率です。
65歳時点で、生活費を「年間120万円+年金」の金額に
次に、目指すべきゴールについて考えます。
現在の年収や預貯金の額によって目指すべきゴールが変わることはなく、「最低限必要な額」は変わりません。現在の年収や預貯金の額にかかわらず、満60歳の時点で少なくとも「貯金が3,000万円と築20年以内でローンのない自宅」を持っていることが達成目標です。これだけあれば、「年間120万円(月額10万円)+年金」が老後の生活費になるわけです。貯金の3,000万円を25年で割ったのが120万円です。各人の年金の額にもよりますが、少なくともこのくらいはないと厳しい老後になってしまいます。
なお、「築20年以内でローンのない自宅」については、これを持っていないと、60歳以降の25年間において、住宅ローンや家賃がかかってしまうことになり、満60歳の時点で必要な金額が膨らんでしまいます。
もちろん、「貯金が3,000万円と築20年以内でローンのない自宅」というのは、退職金を含めて達成できればいいのです。また、ざっとですが2019年現在、58歳以下の男性の場合、年金は65歳からしか支給されません。ですから、65歳までは何らかの再雇用プランによって働いて、年金を受け取れるようになるまでは稼がなければならないということになります。
そして、最も重要なことは、65歳の時点で生活費(生活上のあらゆる出費)を「年間120万円(月額10万円)+年金」の金額にしていくということです。もとから質素倹約に努めていらっしゃる方は問題ないのですが、生活費が肥大化している方は、その見直しが必須です。
ではついでに、「目指すべき最高のゴール」についても言及してみます。もちろんこれは、余裕のある方の目標ですし、若い頃から目指していないと達成不可能な高いハードルです。「目指すべき最高のゴール」は「所有資産が2億円と築20年以内でローンのない自宅」です。これだけあると、当初は「年間1,200万円+年金」が老後の生活費になります。年間1,200万円の内訳は次のようなものです。
所有資産の2億円が生み出す資産所得(株の配当と不動産の家賃)を手取りで年率3.5%とします。つまり、税込みで4.375%の配当利回りの株式を保有しておき、少なくとも表面利回りで10%程度の不動産を所有しておくのが目標です。「表面利回りで10%程度の不動産」というのは、諸経費や税金を差し引くと手取りで3.5%くらいになります。株式と不動産の比率は各人の選好によりますが、概ね1億円ずつとするのが無難でしょう。
このような資産所得によって1年間に手取りで700万円が得られます。そして、2億円の元本から毎年500万円を引き出します。これで、最初の年は年間1,200万円が老後の生活費になります。
元本が毎年500万円ずつ減るので、60歳の時点では1年間に1,200万円ですが、その後は毎年17万5,000円ずつ生活費に使える金額が減ります。64歳の時点では1年間に1,130万円に減額しますが、65歳からは年金が支給されるのでその分だけ増額します。年金の額を手取りで毎月25万円とすると、年額で300万円ですから、65歳の時点で老後の生活費は1年間で1,430万円になります。充分すぎるほど充分ですね。その後、毎年17万5,000円ずつ生活費は減りますが、75歳で1,255万円、85歳で1,080万円ですから、やはり充分な額だといえますね。元本は100歳までもつ計算です。
このように考えると、「老後に必要な資金は3,000万円~2億円(+築20年以内でローンのない自宅)」だということがわかります。3,000万円未満だと不充分ですし、2億円以上は不必要ということが明確になりました。
結論としては、「老後に必要な資金は3,000万円~2億円(+築20年以内でローンのない自宅)で、所有資産の金額は2億円を上限にして、多ければ多いほどよい」ということです。
60代は「残りの人生を楽しむ」しかない!
これまで「老後対策」をメインに書いてきました。そして、「老後」というのを「早ければ60歳、遅くても65歳から」と定義しています。というのも、最近、「平均寿命は83歳」とか「第二の人生は長い」とかいった風潮になっていますが、やはり、「しっかり稼いで、しっかり貯められる時期」というのは60歳か、せいぜい65歳までだからです。
ですから、「もう『老後』に突入してしまった60代の方」には老後対策についてアドバイスのしようがありません。60代の人向けに、もしアドバイスするとすれば、「もう、『今が老後』なのだから、老後対策からは卒業して、今の人生を楽しみながら生きましょう!」ということになります。
98歳のご老人に「悩み事はありますか?」と訊いたら、「老後が不安です」と答えたという笑い話があります。「あなた、もう老後じゃないですか⁉︎」ということですよね。
でも、このことは60歳から始まっているのです。60歳になったら、もう老後ですから、老後の不安や老後対策のことなど忘れて、それまでに蓄えた財産と人生経験に基づいて、自分なりに楽しく生きていけばいいと思うのです。
もちろん、働き続けるのもとてもいいことだと思います。どのような働き方をするにせよ(働かずに楽隠居を決め込むにせよ)、60歳を過ぎたら残された人生を愛おしむように、好きなことだけやって生きていくのが悔いのない人生につながると思います。
70代は老後の本番…「あったら儲けもの」と考えよう
そして70代になれば、それはもう、まさに「老後の本番」です。縁起の悪い話のようですが、冷静に考えると、そもそも70代は「ない」かもしれないのです。ですから、70代は「あったら儲けもの」と思っておられるのがいいでしょう。
今、70代をかくしゃくとして生きておられる方は、ラッキーなのです。誰しもが健康に70代を迎えられるわけではないからです。
しかし考えてみると、「ないかもしれない70代」という老後の本番に備えて40代後半から本格的に老後対策をするわけですから、もし本当に70代がなかったとしたら(60代までで自分が死んでしまったとしたら)、老後対策というもの自体が徒労に終わってしまうわけです。
にもかかわらず、老後対策をしておくということはどういうことなのでしょうか。それはまさに、「保険をかけておく」ということなのです。
「定年退職後も長く生きてしまったら、生活費はどうしたらいいのか? 年金収入だけでは、やっていけなくなったらどうするのか?」
こういった不安、すなわちこれが「長生きのリスク」なのですが、それに対して保険をかけておくということが老後対策の本質です。そして、70代まで生きても、80代かそれ以降まで生きたとしても、人生の終盤が決して惨めなものにならないようにするための対策なのです。
「終わりよければすべてよし」という言葉がありますが、人生もこれに似たところがあり、たとえ現役世代にブイブイいわせていたとしても、老後になって破綻寸前の惨めな人生になってしまったら、やはりその人生全体が残念なものとして終わってしまいます。それを避けるという、本能的な自己防衛が老後対策の原点です。しっかり備えておいて、老後も優雅に過ごしたいものです。
榊原 正幸
青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科教授