人生の終末期にようやく出会える「幸福」とは?

人は「縁」によってさまざまな人と出会います。この世に送り出してくれた両親、家族、自分が意志を持って関わってきた人への思いについて、静かに振り返ります。書籍『胎児のときから歩む一生』では、私たち人間が生涯の段階として必ず通るところを「胎児期・乳幼児期・児童期・思春期・青年期・壮年期・高齢期・終末期」の八期に分け、人生とその時期に関わってくる大切な人々について考察します。本記事では、そのうちの「終末期」を取上げます。

沢山の関わりを頂いた、全ての人々に感謝をこめて

2014年8月16日午前2時、今この項を書き始める。本書(『胎児のときから歩む一生』)の「第一章 胎児期」を書き始めたとき、頭に浮かんだのがこの「終末期」のことだった。どのような終末期を書くことができるか、だった。乳幼児期、児童期と進んでも、やはりいつも頭から離れなかったのが、この「終末期」であった。

 

8月15日朝、「第七章 高齢期」を書き終えた。ここまで来た、との思いと同時に、いよいよ「終末期」を執筆するのだと、気を引き締めた。このまま、自分の一生が、ここで終るのではない。まだ元気と思いつつ、とても身が引き締まる厳粛な心が起きる。

 

思えば、永い人生を生きてきた・・・。あまりにも沢山の出来事を、くぐり抜けてここに辿り着いた。それが実感である。が、ここに至るまでの道々に、沢山の関わりを頂いた、数え切れない人々の全てに感謝を込めて、「有難うございます」と御礼を申し上げることから始めたい。

 

私のこの世に生きた証しの恩人は、誕生させてくれた両親から始まる。両親がこの世を去った年齢よりも、長くこの世に生きている今の自分。父母のお陰である。丈夫な身体を与えてくれ育ててくれたその恩を考えることもなかった。自分の終末期に込み上げる両親へのこの思いは、今まで予想しなかったことだった。

 

今のこのような思いが、あの世の両親へ届いているだろうか。切っても切れない命のバトンとは、このようなことだったのかと、思いを馳せながらペンを持っている。

 

そして、先立った夫(まだ見送って4年なのに、ずいぶん前に別れたように思うのは何故だろう。永い患いの床で、失語症となり、言葉を交わすことなく、そのまま旅立ったからであろうか)。

 

私のこの世の存在の証しの第一は、私の産んだ子どもたちに間違いないのである。その子どもを産めたのは、夫が居たからであった。夫に出会ったからである。出会いこそ、不思議としか言いようがない。なんで出会うことになって、結ばれて、子どもを、次の世に命のバトンを残すことになるのであろうか。世の中の仕組みを、一つひとつを取り上げて考えられるのも終末期だからか。

 

今までそこまで考えることはなかった。結婚して始まった新たな両親との関わりの時間も、その後の人生の糧となって、生き抜くための智慧を教え導いてくれたのだった。単に縁のみに始まっただけでない繋がりの深さに感謝の思いを馳せる。

 

結婚式の祝宴に述べられる決まり言葉に「ご両人は縁あって」とか「ご両家は縁あって」と、「縁」という言葉が多く使われる。この「縁」という言葉の始まりは、仏教の祖のブッダの教えの縁起観から出発と聞くのだが、考えれば考えるほど、縁こそ不思議なものと言わざるを得ない。

 

「袖振り合うも多生の縁」の諺が示すように、無数に織りなす出会いの中で、ご両人、ご両家が縁を結び、次世代を繋ぐ人をこの世に誕生させることになる、余程の深い縁が無かったら、結ばれないのかもと思う。

 

「縁」を別の言い方で表現するなら、エネルギーの一種ではないかと考えてみたりする。自分を核にして、自分の周りに交わる無数の人びとが、なにかの時、同じエネルギーを持つ人同士が引き合って繫がるのではないかと。そこにあるのは共鳴するもの、共感するもの同士が出会ったとき、両方の内在する“力(エネルギー)”が飛び出して結び合うことになると考える。

交友関係を見ればその人の「価値」がわかる

世界的に有名な女性、「ココ・シャネル」のことを紹介した文章に、次のような興味深い言葉があった。シャネルが何故素晴らしいかの証が交友関係であると。シャネルを取り巻く交友関係の「リスト」の紹介がされていた。なるほどすごい人たちとの交友リストである。そして次にこのような文章が添えられていた。「その人を知りたいと思ったら、交友関係にある人物を知ることが近道である」

 

交わることの意味を考えてみたとき、その交わりの中に自身の意志があったからこそ、交友関係が成立することになる。

 

自身に意志がなければ、交わりは成立しない。共通する課題をその交わりに見るからこそ、求め、深められていくことになる。しかし、一方にその意志があってももう一方に意志がなかったら、成就しないという原則がある。とはいえ、片方に強い意志が有ったとき、その問題は乗り越えることができる。その強い意志とは、最後まで諦めないことである。先方に対して、徹底的に尊敬と信頼の態度を示し続けることにより、相手も心を揺り動かして成立出来たことが、多くの物語や伝記からうかがえる。

 

人は自身に持ち合わせないものを所有している人に、関心と憧憬を抱く。そして願いを持つ。「あの人のようになりたい。あの人の知り合いになりたい」

 

強い思いのエネルギーが、交わりを成立させることになる。「青年よ、大志を抱け」と言われるこの大志こそ、交友を作り上げていく原動力に他ならない。自身に強い願いや思いがなければ、きっかけは起きないからである。実現不可能と諦めないことが、一番重要な鍵である。行動を起こす前に諦めてしまっては、悔いしか残らない。

 

努力を何度重ねても、もし実現できなかったとしても、自己の中に残された達成感の思いは、次なる働きのキャリアとして重要な力になることを、ぜひ体感することを勧めたい。どんなことも、自身に起きた夢や希望を最後まで諦めずに、達成に向かう心を保つことである。保つこととは、力尽きて、萎えた心を、時間をかけて癒して、また向かうこと。最初の出発点の「あの熱い、輝いた思い」にまで戻ることが重要だ。

 

実現の日まで、この繰り返しの行動こそ、目的を達成するための原則であることを知って頂きたい。大切なことは自分を失わないこと。言い換えれば、自分の一番心地よい状態の「体と心」のままいることである。心が平和で、体がとても自由であること、である。

 

 

益田晴代

NPO親学会 理事長

NPO親学会 理事長

日本ペンクラブ会員、四女の母。1976年「新宿明るい社会づくりの会」発足、大久保地区の推進委員現副会長。1995年新宿区海外女性事情視察団に参加、デンマーク・韓国の教育の現状、女性の問題、福祉制度を視察する。2004年「親学会」を設立。

著者紹介

連載高齢期、終末期の幸福を考える…『胎児のときから歩む一生』より

胎児のときから歩む一生

胎児のときから歩む一生

益田 晴代

幻冬舎

人間の一生は必ず8つの段階に分けられるが、生きている中でそれを自ら意識することは難しい。特に、子供は知らず知らずのうちに次の段階に移っていく。そんな子供たちを、親は胎児のときから適切に導かなければならない。時期…

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