周囲から植えつけられた「老人意識」が高齢者を弱らせる

私たちは日々、大勢の人との出会いを重ねます。人間の人生は「自己と他者」との交わりが全ての基といわれるのはその故でしょう。書籍『胎児のときから歩む一生』では、私たち人間が生涯の段階として必ず通るところを「胎児期・乳幼児期・児童期・思春期・青年期・壮年期・高齢期・終末期」の八期に分け、人生とその時期に関わってくる大切な人々について考察します。本記事では、そのうちの「高齢期」を取上げます。

若い世代は「高齢者も社会の担い手」と意識せよ

先日、テレビでの放映に、70代を高齢者と呼ばないことにしたある県の発表があった。残念ながら県の名前は覚えていないのだが、良いことである。いつまでも高齢者が元気でいられることのひとつに高齢者に対して老人意識を植え付けないことが大切であると考える。

 

社会の中の人々の意識がこの県のように、高齢者に対して、老人という枠を押し付けず、一般世代の感覚で接してもらえたら、もっと活躍のできる高齢者が多くなるはずである。人はこの世の生を終えるまで、その人の意識が健全である限り、自身のアイデンティティを持ち続け、他の人から認められたい、評価されたいとの思いを持ち続けているはずであるから。

 

老人とか、高齢者とかを年齢で定めず、現役社会の担い手として、社会を構成する一員として接する考えを若い世代が持つことを進めたい。

 

おじいさん、おばあさんではなく、「○○さん、これお願いします」と名前で呼ばれるとしたら、高齢者自身が社会の一員としての意識を保つことができ、自覚できると考える。この年齢を迎えることになった今までの人生をひたむきに生きてきた証しを、胸を張って自覚することになるのではないか。

 

「高齢者」の呼び名で周りから呼ばれるようになった当初は、なかなか「おばあさん」という呼称を受け入れがたかったのが、いつか当たり前になってくる。そのように時が解決をする。

 

それとともに、今まで輝いていたものが自身の中から消えていくことに気づかされる。「私はもう歳を取ってしまった」この自己否定的な考えが、自分の中に大きく取り込まれていき、何をするにもそこから始まる。

 

同年代の人たちとの交流を良しとするようになり、今までの社会の中で人々との交わりを避け始め、消極的な生き方を好むようになっていく。当然のことながら、同世代の人だけの交流から生まれてくるものは、お互いに共感し合い慰め合うということの安らぎの世界と言えよう。だが、それはとても危険な問題と隣合わせであることも承知しなくてはいけない。

 

自身の認知意識を保つためには、自立した意識を常に持つことが求められる、と言われるのだ。そのために、全身の神経回路をサビ付かせてはならない。朝起きて寝るまでの一日の中で起きる物事に敏感に反応できる神経と、その事柄への自身の価値判断を失ってはいけない。その問題が、自身によって、まったく無関係なことであっても「私ならどうする」と、常に自分のこととして捉えて考える習慣を失わないことが、社会の一員として現役意識を保ち、認知能力を永らえる秘訣と言えよう。

 

人生の様々な山坂を上り、下り、立ち塞ぐ数々のハードルを乗り越えて、やっと辿り着いた今(インドの四住期(しじゅき)の遊行期(ゆぎょうき)のたとえ。人生の責任と義務の束縛から解放され、自由と平安を勝ち取った年代)、越すに越されぬ「認知症」と名付けられた関所が現われ出す。

 

ブッダは「生きることは、苦しみである」と伝える。人生を振り返ったとき、まさしくこのブッダの言葉の如く、日々予期せぬ出来事の連続であり、立ち向かう日々であったことを鮮明に思い出す。

 

無我夢中とは、人の一生の生き方を指すのに、真にふさわしい。そこに滞ることを許さない時の流れが、前へ前へと背中を押す。それに従うことが、命を運ぶことになる。前とは、未知なる世界。その世界を手探りで歩くことになる。高齢期を迎える現在も、これから先は何も見えていない。ただ流されるままに生き続けることだけは分かる。重ねてきた今日までの記憶をもとに進むことであろう。

 

未来の人たちに伝えたい確かなことは、年齢を一人で重ねるよりも、共に手を繋ぎ進めることのできる人が大勢隣にいる人は、同じ道ながら進み易く、苦しみの少ない時間を生き続けられることができるということだ。

思春期、青年期、壮年期…高齢者は「孤独の期」?

2014年5月29日に放映されたテレビ番組を見て考えさせられた。「お友だち紹介所」を取材した番組で、2人の男性のお友だち付き合いの具体例であった。

 

最初の男性は20代で、若い女性とキャッチボールを練習している場面であった。「だいぶ上手にいくようになったね」と言葉を交わし合っていて、お友だち同士に見える。しばらくボールを投げ合う場面から男性の言葉が流れた。

 

「ボクは小さいときから人見知りが強く、友だちを作ることができなかった。特に女性の前に出ると口がきけなくなって、年齢と共にますます自信を失くし、面倒臭さもあって、友だちのいない日々を送っているのだが、ネットでこの紹介所のことを知り、時々このようにキャッチボールの相手になってもらっている」最後に「キャッチボールをしていることによって、あまり会話の心配をしなくて済むので」

 

次に登場した60代の男性は、数年前に妻を亡くし、91歳の母と共に過ごしているのだが、母は認知症が進み、日々の介護に、食事の世話やトイレの世話まで朝から一日中追われている。

 

クローズアップされた男性の顔。ポツポツと今の心境を吐露した。「とても虚しい、淋しい、そんな日を送っている。誰ひとり話す人もいない。自分のことを知る人もいない」その沈んだ顔と低い言葉に胸を打たれた。そこにあるのは孤独の苦しみと、やってもやっても誰からも認められない虚しさが伝わってくる。

 

場面が変わって、活き活きと朝から母の世話をする男性の姿が映し出され、音声が流れた。今日は月一回の「お友だち紹介所」の人と過ごす日であると。外出着を着た姿は立派である。待ち合わせ場所にはすでに紹介所の人が待っていた。若い女性であった。その日は女性の提案で「海を見に行く」という。

 

先日の元気のない男性とは大きく違い、活き活きとした雰囲気が全身に溢れていた。食事をしたり、舟に乗ったりの時間を過ごす。海に落ちる夕日を、沈みきるまで眺め続けている2人の姿を、カメラは撮り続けていた。とても印象的である。女性との約束の時間が来て、男性は帰路に着いた。

 

「今日の約束の時間は8時間です。支払いは“3万8千何々円”です」と音声が流れた。これについて男性は静かな声で次のように心境を述べていた。「金額を考えると考え込みますが、月に一回お友だちと出会い、自分の考えを聞いてもらうことが、今の私には必要です」。

 

なるほどと思った。生きるということは、このようなことなのだ。虚しさと淋しさの中の日々。ともすると落ち込む自身を冷静に見つめていることに感銘を受ける。母の介護と自身の“生”をどのようにバランスをとりながら時を過ごすのか。心のバランスをとらないと、“生”を生き切ることが難しいと感じ、必要手段としてお友だち紹介所を選んだ男性の決断に、勇気ある選択を感じたのである。最後に「今の自分のやりくりでは、月一回がやっとです」

 

高齢者は“孤独の期”と名付けられるのかもしれない。胎児期、乳幼児期、児童期、思春期、青年期、壮年期それぞれの期を迎え、その期を終えて辿り着いたこの期こそ、家族の一人ひとりを送り出し、やっと自由を、やっと好き勝手な日々を送れると思ったのも束の間。身体の老いに立ち向かう仕組みであることを、この歳になってみて知ったのだった。

 

もっと早くにこの仕組みへの心構えとか、どのような状態になっていくのかという知識を、具体的に知ることが重要であったと気づかされる。親が子育てを学ぶことが大切なように、いずれは全ての人びとが関わる仕組みであるとすれば、早いうちから自身の高齢期への乗り越え方、通り抜け方を学ぶことが重要であろう。

 

体の高齢化は、今まで過ごしてきた体の器官が弱ってくることから始まる。歯の退化、視力の退化、足の退化、それを補うために文明が開け、学問が進み、物品があることに気づかされる。

 

高齢者のための医療機関の手当てが発達するにつれ、毎日のように身体の不安を訴える高齢者がますます増えていると聞く。そのために、不安や訴えを専門に関わる心療内科が次々と開業した。前述の「お友だち紹介所」のように、自身の不安を快く聞いてくれる場所もある。“公”の機関に出向き、自身の内なる問題の解決を求める代わりにお金を支払うことによって後に面倒を残さないという方法だ。

 

年齢と共に、自然消滅するのが人間であることを、全ての人たちは言い聞かされて育ってきたはずだ。いつかは必ず死ぬのだと。しかし、そのように思えるのだろうか? 今ここに生きている自身をそう思えるだろうか。大きなテーマである。

 

死とは突然に来ることだと言う。予想できないものであると言う。そうだとしたら、生きていくしかない。現在まで生き抜いてきたキャリアを総動員して深く思考し、高齢期のハードルを越えることを模索することが重要と考える。高齢者問題を取り上げたテレビのコメンテーターの女性は、「私の老後は絶対に管理されたくない。そのためには最後まで自力で生きられるように日々努力します」と言っていた。

 

これこそ、高齢者全ての願いではないか。そのために「どうしたらいいのか」。これが大きな鍵である。日蓮宗の開祖日蓮聖人は、「人は死ぬことを習って生きることを学びなさい」と伝えている。未来に必ず訪れ逃れられぬ最後の頂、死をどう迎えるかの心構えを学ぶことから始めよと教えられた。

 

習うということは、繰り返しの学びの中で自身の血肉にしていくことである。「その時、どうする」。それへの自分の心のあり方を自問し、不安になったらまた繰り返す。いつかは必ず迎えることになる「死ぬ」という言葉を自身の想念の中に叩き込む。自分だけが逃れることができるなどとゆめゆめ思ってはいけない。「突然にある日、やって来るのだ」と言い聞かせる。

 

仏教の基本修行は“歴劫修行”と言う。繰り返しの行動が「いつしか全身に染みわたる」と説く。不安や恐怖を取り除くには、不安そのものを引き出し、光を当ててその実体を解明し認識することであると。

 

ともすると、恐ろしいことは考えたくない、話したくない、そんな思いに駆られ、その言葉が飛び出すと、その場から逃げて先送りする。そうして解決されていないものが、いつか自身の深層心理に沈んでいき、実体のない不安感が全身を包み、悩むようになる。

 

早いうちに、一番の苦しみ、一番の恐れの実体を認識することによって、後々の日々が爽やかに明るく生きられる。日蓮聖人は、このことを示された。

 

 

益田晴代

NPO親学会 理事長

NPO親学会 理事長

日本ペンクラブ会員、四女の母。1976年「新宿明るい社会づくりの会」発足、大久保地区の推進委員現副会長。1995年新宿区海外女性事情視察団に参加、デンマーク・韓国の教育の現状、女性の問題、福祉制度を視察する。2004年「親学会」を設立。

著者紹介

連載高齢期、終末期の幸福を考える…『胎児のときから歩む一生』より

胎児のときから歩む一生

胎児のときから歩む一生

益田 晴代

幻冬舎

人間の一生は必ず8つの段階に分けられるが、生きている中でそれを自ら意識することは難しい。特に、子供は知らず知らずのうちに次の段階に移っていく。そんな子供たちを、親は胎児のときから適切に導かなければならない。時期…

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