5:まず手数料を評価せよ
投資対象として、あるカテゴリーの運用商品を評価する場合、投資家にとってのその商品のリターンは、(A)「市場リターン」と(B)「スキルのリターン」の合計から(C)商品の実質的な手数料を引いたものだ。
国内株式の投資信託で言うと、(A)株式市場全体の平均的リターンと、(B)ファンドの運用の巧拙と、(C)手数料が評価の要素となるが、(A)はどの商品も共通であり、(B)はプロでもどのファンドの運用が優れているかを「これからの期間に対して」評価することはできない。そうなると、同一カテゴリー内で、商品のリターンの優劣を決める要素は(C)のみということになる。
つまり、100本国内株式の投資信託があるとすると、手数料が最も安い1本は「国内株式」に投資する場合に投資対象として選ばれる可能性があるが、残りの99本は、今後株価が上がると予測した場合でも、投資対象として選んでいい理由がないことになる。
金融商品の売り手側は、市場のリターンと手数料を混ぜて考えさせようとするし、或いは運用が上手いファンドを選ぶことができるという前提で商品を勧めようとするが、商品評価にあっては、まず、「手数料だけ」を見ることによって、不要な商品を予め除外することができるのだ。
つまり投資家が投資する対象とすることが正当化できる運用商品は、ほんの一握りに過ぎない。実は、運用商品の評価と選択は、運用ビジネス側のマーケティング戦略に乗らなければ、ごくごくシンプルなものなのだ。
個人投資家であっても「リスク」と適切に付き合う方法を知ることが必要だ。
6:リスクとの付き合い方
リターンの標準偏差でリスクを表し、平均からマイナス2標準偏差(起こり得るケースの悪い方から2.3%程度の事象)くらいで、最悪のケースの見当を付けるといった考え方の基本は、初心者でも知っておく方がいい。
もっとも、実践にあっては、「内外の株式のインデックスファンドを半々に組み合わせると、平均リターンが(例えば)5%で、最悪の場合(マイナス2標準偏差のイベントが起きた場合)1年でざっと3ぶんのマイナスになる」といった、さらに簡単な簡便法を使うのが現実的だ。
ただし、この方法にあっても、「先ず許容可能な最悪の場合の見当を付けて、その範囲内で最も好ましいリスクとリターンの組み合わせを選ぶ」手順に従うのがいい。
公的年金の運用計画でやっているように、いきなり目標リターンを決めてしまうようなやり方は、本来は大切なお金の運用でやるべきではない(運用のプロであるGPIFの運用部隊はさすがにこの問題を理解しているだろうから、「厚労省方式」と名付けることにしよう。公的年金の運用にあって、真に危ない人々は彼らである)。
なお、「損して困る最大の金額」をどう決めたらいいか分からないという人が多い。筆者が最近個人投資家によく説明するのは、「360」という数字を使う方法だ。ほとんどの人が老後の備えとして資産を必要としているので、老後の生活費との関連で金資産運用の損のインパクトを考えて貰う。
例えば、「360万円損をしたら、老後に年金に追加して取り崩して使うことができる資産が毎月1万円減る」と想像して、損のインパクトを評価してもらう。65歳から(少し余裕を持って)95歳まで生きるとすると、リタイア後の期間が360カ月なので、「360」を使うことにした。もちろん、人によって(例えば65歳を超えている人に)、数字を変えてアレンジして使うことができよう。
株式1銘柄に集中投資する場合のリスクが35%で(銘柄によって異なるが)、インデックスファンドに投資するリスクを20%(やや大きめの数字だろう)として、共に期待リターンが5%だとするなら、前記の方式での最悪の想定(マイナス2標準偏差のイベント)では、1年間に集中投資が65%の損、インデックスファンドが35%の損となる。
仮に最大損失許容額が200万円なら、集中投資では約307.7万円までしか投資できないが、インデックスファンドなら約571.4万円投資できる。1年間の前者の期待利益は約15万4,000円、後者では約28万6,000円となる。
リスクで効率を改善することができると、それをリターンの改善に振り替えることもできるのだ。
7:分散投資で何が得か
分散投資は、投資家自身の努力によってポートフォリオを改善することができる点で、手数料の節約と並んで重要なポイントだ。「運」に影響されやすい「運用」の世界にあって、意図的にできる改善は逃せないポイントだ。
事後的に成功した集中投資の自慢話の裏には、語られない多数の失敗した集中投資がある。分散投資のメリットを「なるほど」と思える形で的確に伝えることは、投資教育の大きな目的の一つだ。
8:機会費用の考え方
お金の運用のみならず、経済的な意思決定全般を改善する上で使いこなせるレベルまで知っておきたい概念として、「機会費用」と次の「サンク・コスト」がある。
機会費用とは、ある選択肢を取ることによって放棄した別の選択肢の潜在的利益の中で最大のものを指す概念だ。直接的に支払う費用ばかりが、意思決定にあって問題なのではないということを教えてくれる。
例えば、アルバイトで5,000円稼げる時間にこれをキャンセルして、1,500円の代金を払って映画を観るとすると、この映画を観る総合的な費用は最大6,500円だ。「最大」というのは、アルバイトをすることが苦痛なら、そのコストを差し引いて潜在的な利益を計算する必要があるからで、仮に苦痛の費用が2,000円相当なら、放棄する潜在的利益は3,000円でこれが機会費用だ。
一般に、よく考えるべきなのは時間の費用だろう。例えば、通勤時間が片道30分から1時間になると、通勤時間が毎日往復で1時間伸びる。仮に1月に20日出勤するとして、この人の年収が1,000万円だ(年250日出勤、1日8時間労働で時給は5,000円となる)とすると、時間のコストを時給で計算すると、この通勤の遠距離化は毎月10万円のマイナスということになる。
運用の意思決定にあっても、「他のベストな選択肢との差」は常に意識すべきだ。ただし、他の選択肢を評価する際には、単純に期待リターンだけを見るのではなく、リスクや手数料などのマイナス要素を差し引いた「潜在的利益」を把握しなければならない。
機会費用の応用例としては、例えば、日銀の金融政策によって長期金利も超低水準になってしまった状況を考えると、出し入れが簡単で送金や決済などに使いやすい普通預金にお金を置いておくことは、機会費用が通常の金融環境よりもずっと下がっているので、現在、それほど「もったいなくない」といった考え方をすることもできる。
機会費用と並んで重要なのがサンク・コスト(埋没費用)の考え方だ。例えば、途中まで建設したオフィスビルの建築費が30億円で、残り30億円の費用で完成できる場合、完成後のビルが40億円の価値を持つなら、建築を続けるべきだし、価値は20億円しかないと算定されるなら、可能であれば続きの建築を放棄すべきだ。
9:サンクコスト(埋没費用)の考え方
意思決定に影響させるべきなのは、「現時点よりも後のコストとベネフィット」のみであり、これまでに掛かってしまってこれから変更できない費用(利益も含む)は「サンク・コスト」として無視するのが正しい。
前者の場合、60億円掛けたビルが40億円でしか売れないのだから、プロジェクトしては失敗だが、「現時点では」残り30億円の支出で40億円の完成ビルが手に入るのだから工事続行が正しい。一方、後者の場合、過去に30億円も掛けたのだから、もう30億円掛けて完成させないともったいないと考えるのは正しくない。問題はあくまでも「今後の損得」のみなのだ。
この例だと読者にも簡単に納得して頂けるかも知れないが、金融的な意思決定の場合には簡単でない場合がある。
例えば、500円で買った株を、400円の株価で平静に売ることができるだろうか。現実には「損を固定する(のはいやだ)」などと言って、売ることができない投資家が少なくないのだが、意思決定の時点で100円分の損は既に発生してしまった「サンク・コスト」なのであり、自分の過去の買値を「今」の意思決定に影響させてはいけないというのが正しい意思決定のセオリーなのである。
「サンク・コストを無視せよ」は案外実行できない人が多い。
10:他人を信じないことの重要性
運用教育は、運用商品・サービスの消費者に対する「消費者教育」でもある。だとすると、最も大事なのは、運用に於ける「他人」というものとの関わり方だろう。
根本的な問題は、(1)情報が非対称であることと、(2)それぞれ人は(自分も他人も)自分の利益(=インセンティブ)に基づいて動いている、ということの2点だろう。
自分が知らないことを相手は知っているかも知れない、相手は相手自身の得にならない場合知っていることを必ずしも自分に教えないだろう、相手は嘘や嘘ではないけれども根拠のないことをいう可能性がある、といったことを、「相手」が金融機関の担当者やFP(ファイナンシャル・プランナー)といった直接の利害が絡む人だけでなく、自称・他称を含めていわゆる専門家(自称を含めるので筆者も入る)や、さらには有人・知人も、警戒すべき「他人」だ。
ちなみに、友人・知人は、直接の悪意はなくとも、結果的に不良金融商品の効果的で悪質なセールスマンになるケースが多々ある。例えば、通貨選択型の毎月分配型投資信託で大損をしているというような方が、その商品を買ったきっかけが、(たとえばゴルフ仲間の)友人に商品を勧められたことや、友人に金融マンを紹介されたことである場合がしばしばある。人間は、自分が怪しいものに手を出すと、仲間を作って安心したくなる厄介な生き物だ。
「金融機関の窓口で運用の相談をしてはならない(特に無料の相談は危険)」「自分の投資可能金額を金融マンに知られてはならない」「運用の相談をする相手と、商品を購入する相手は、同じではいけない(利害が同一も含む)」、「専門家の言うことを鵜呑みにしてはいけない」などなど、この方面の心配にはほとんどきりがない。
基本的な原理は、ゲームの形にでもすれば小学生にも分かる考え方だが、運用は不確実な世界なので、「誰か他人を信じたい」と思う人が後を絶たない。
一言の標語にまとめるなら、「信じるものは愚かなり!」だが、これではニュアンスが強すぎて嫌われそうだ。もっと耳に優しい、しかし心には残る伝え方を考えねばなるまい。
上記は、「このようなことを伝えたい」という内容に関する試論だ。
本稿で述べたテーマは、いずれも書籍などで改めて個々の項目について詳しく論じたいテーマだ。伝えるべき内容と、親しみやすくしかし正確に伝わる伝え方の双方を再検討して、またお目に掛かりたい。
山崎 元
楽天証券経済研究所
※本記事は、2019年7月9日に楽天証券の投資情報メディア「トウシル」で公開されたものです。