民法772条は「無戸籍児問題」の要因となっている
法務省の研究会による見直し案の公表で話題となっている「嫡出の推定」とは、民法772条にある父子関係の成立に関する規定である。
現行は第1項に「妻が婚姻中に懐胎した子は、夫の子と推定する。」とあり、第2項で「婚姻の成立の日から二百日を経過した後又は婚姻の解消若しくは取消しの日から三百日以内に生まれた子は、婚姻中に懐胎したものと推定する。」とされている。
特に問題となっているのが、離婚後300日以内に誕生した子が元夫の子と推定されることだ。血縁上の父親が別にいた場合においても、市区町村の戸籍窓口は、元夫を父としない出生届出書は受理できない。子の父欄には、元夫の名前を記載するよう促される。元夫との婚姻時の婚氏が夫のものである場合、子は元夫の戸籍に入ることになる。
こういったことも要因となり、母が出生の届出をせず、子が無戸籍状態になってしまうケースが発生している。これを問題視し、2007年9月に早急な改正を要請した東京弁護士会の「民法第772条の改正を求める意見書」によると、離婚後300日以内の出産による出生届出数は毎年約3,000人近く存在しているとのことだ。
同意見書には「離婚以前に別居が先行する事例が多いことから、前夫が実父であるケースの割合は低く、別の男性あるいは再婚の夫が父である割合が高いと推測される」と記述されている。
早産の場合でも離婚後300日以内の場合「元夫の子」?
現行の規定では、女性のみ離婚後100日間の再婚禁止期間がある。これは「離婚後300日以内は元夫の子と推定する」規定と「婚姻後200日以内は夫の子と推定しない」とする規定の期間に100日間の重複期間があるためだ。
それでは離婚後100日間を過ぎて別の男性と結婚し、妊娠したが早産であったため離婚後300日以内になってしまった場合には「元夫の子」と推定されてしまうのであろうか。
法務省ホームページ「民法772条(嫡出推定制度)及び無戸籍児を戸籍に記載するための手続等について」では、以下のように回答している。
<離婚後300日以内に出生した場合でも,離婚後に懐胎したことが医学的に証明できるときには、「妻が婚姻中に懐胎した子」(民法772条1項)には当たらないので、元夫の子として扱う必要はありません。>
平成19年5月法務民事局は、「懐胎時期に関する証明書」が添付された出生届出に関して、「当該証明書の記載から、推定される懐胎の時期の最も早い日が婚姻の解消又は取消しの日より後の日である場合に限り、婚姻の解消又は取消し後に懐胎したと認められ,民法第772条の推定が及ばないものとして、母の嫡出でない子又は後婚の夫を父とする嫡出子出生届出が可能」とした。
無戸籍状態の子は小学校・中学校に就学できるのか?
文部科学省は、戸籍や住民基本台帳に記載されていない場合においても、義務教育の年齢にあたる子供(6歳〜15歳)に関して、居住する地区の小学校や中学校に進学させるよう地区町村の教育委員会に指導している。
平成31年1月30日付、文部科学省初等中等教育局初等中等教育企画課教育制度改革室による「無戸籍の学齢児童生徒の就学状況に関する調査結果について」において、各都道府県の教育委員会等に向け、
<戸籍の有無にかかわらず、学齢児童生徒の就学の機会を確保することは、憲法に定める教育を受ける権利を保障する観点から極めて重要であることから、義務教育諸学校の設置者におかれては、引き続き、「無戸籍者の学齢児童・生徒の就学の徹底及びきめ細かな支援の充実について(通知)」(平成27年7月8日付け27初初企第12号)や別添の調査結果、参考資料を踏まえつつ、関係機関との間で戸籍や住民基本台帳に記載されていない学齢児童生徒に関する情報共有のためのルールを定めたり、無戸籍の学齢児童生徒が抱える教育上・生活上の課題に適切に対応するなど、就学の徹底及びきめ細かな支援に引き続き取り組んでいただけるようお願いいたします。
また、これまでも、住民基本台帳に記載されていない者であっても、当該市町村に学齢期の児童生徒が居住していれば、学齢簿を編製し、就学の通知等の手続をとるよう通知しているところであり、今後も、子供たちの就学機会を逸することのないよう併せてよろしくお願いいたします。>
と事務連絡されている(一部抜粋)。
無戸籍の学齢児童生徒に関しては、教育委員会等によって戸籍の取得(就籍)に向けた支援も行われており、行政は横のつながりによって、嫡出の推定によって生じた「無戸籍児童」への救済にあたっている。
ようやくの「見直し案」に問題点は?
今回の見直し案において、「婚姻200日以内」でも夫の子として嫡出の推定がされること、「離婚後300日以内」でも原則、元夫の子とは推定されないことが案として出された。これにより、離婚後100日間の再婚禁止も不要とされ、女性のみ「再婚禁止期間」の制度があるという不公平性も払拭される。
「誰の子であるのか?」という繊細な問題を取り扱い、「父子関係の成立」を規定する民法772条。「ならばDNA鑑定を義務付ければよいのでは?」という声もあるが、子供の権利を守るという意味合いでは、今回の見直し案公表は大きな一歩であろう。