「節税」とは、税法の枠内で税金を払い過ぎないようにすることである。知識を身につけ、税金の払い過ぎを避けることで、手元に残す現金を最大化させていこう。本連載では、不動産オーナーに特化した「節税策」を100選する。第9回目のテーマは、確実に相続できる「民事信託」の強み。

信託では、課税対象が受託者ではなく「受益者」に

信託の課税関係は、受益者課税信託とそれ以外(受託者に課税する法人課税信託など)にわかれますが、家族内で信託を行うような場合には、受益者課税信託のみを理解しておけばよいでしよう。

 

信託の税務のポイントは、受託者ではなく受益者に対して課税されることです。受益者は財産を所有しているわけではありませんが、財産を所有しているものとみなして、所得の申告を行います。これは、信託財産の法的形式ではなく、経済価値に対して課税されるということです。

 

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経済価値の移転が生じるケースは、委託者とは別の人を受益者として設定する場合です(他益信託)。この場合、経済価値が受益者に贈与されたとみなして贈与税が課されることになります。

 

また、受益者を変更した場合も同様です。経済価値がほかの受益者へ贈与されたとみなして贈与税が課されることになります。受益者に相続が発生し、受益権が相続財産となった場合には、相続人に対して相続税が課されます。

 

自益信託とは、委託者と受益者が同一である信託のことをいいます。この場合、委託者から受託者へ所有権は移転しますが、経済価値の帰属する者は変わりません。したがって、経済価値の移動は発生していませんので、信託を設定しても贈与税が課されることはありません。

 

たとえば、認知症で判断能力が低下しそうな父親が、賃貸不動産の管理を長女に任せるケースでは、長女が受託者になりますが、受益者を父親とすれば自益信託となります。

 

家賃収入等から生じる利益を父親が受け取るならば、信託を行ったあとでも父親が利益を受け取る状態に変化はありません。したがって、父親には贈与税は課されないのです。

 

以上のように、自益信託は、法的形式だけが移動して、経済価値が移動していない状態なのです。

 

しかし、賃貸不動産を受益者が保有しているとみなし、そこから発生する所得が受益者に帰属するとみなされます。したがって、所有権を失った父親に対して不動産所得が発生し、それを受益者である父親個人の所得(たとえば、給与所得、事業所得など)と合算したうえで所得税が課されることになります(ただし、不動産所得に係る損失の通算には制約があります)。

 

経済価値の移転があり、受益者に贈与税や相続税が課される場合、その対象となる受益権の相続税評価が問題となりますが、それは信託財産そのものの相続税評価と同額になります。

 

また、信託財産が居住用宅地や貸付事業用宅地など、小規模宅地等の特例の対象となっている場合には、その特例適用による評価減を受益権の評価にも反映させることができます。不動産の買換特例(所得税)も同様です。受益権を信託財産とみなして課税するからです。したがって、個人の財産を信託したとしても、課税上の取扱いが不利になることはありません。

 

[図表1]受益者に所得が発生
[図表1]受益者に所得が発生

財産を遺すには遺言書で十分?遺言書と民事信託の比較

自分の遺産を確実に相続させたいと孝える場合、最初に思い浮かぶ方法が遺言書を書くことです。しかし、相続発生時に遺言を執行するためには、ある程度の期間が必要であり、その期間は財産の処分ができなくなります。

 

 

また、遺言書を書いても遺留分の問題が伴います。たとえば、長男・次男の2人の子供がいて、長男は極めて親不孝、次男はとても親孝行であるような場合、父親は次男に全財産を遺したいと考えるでしょう。仮に、遺言書にその旨を記載したとしても、親不孝な長男が、自分の遺留分減殺請求権を行使してくる可能性があります。

 

遺言書よりも確実な方法となるのが、信託です。信託には遺言の機能があります。これは、委託者の死亡時に効力が発生する契約です。すなわち、受益者が死亡したときに、その契約内容に従って信託の効力が発生し、受益権が移転するというものです。信託契約があれば、家庭裁判所等における手続きを必要とせず、ただちに受益権が移転されることになります。

 

この具体的な方法として、「遺言代用信託」があります。遺言代用信託は契約締結時に効力が発生し、相続発生時の受益権の承継先を決めておく信託契約です(遺言信託とは異なります)。これは、委託者が生存中に自らを受益者としておきますが、死亡した時に、特定の相続人や第三者に受益権を承継させる仕組みです。

 

たとえば、賃貸不動産を持っている父親が、長女を受託者とする遺言代用信託を設定して、長男に受益権を移転させようとする場合、当初の受益者は父親ですが、父親の死亡時に長男が受益者となります。結果として、長男は父親の財産を承継することになりますので、遺言とまったく同じ効果が生じることとなります。加えて、遺言執行の手続きが必要なくなるため、確実かつ効率的な相続を行うことができます。

 

[図表2]遺言代用信託
[図表2]遺言代用信託

遺産分割における信託の活用

たとえば、相続税評価10億円の大規模な賃貸オフイスビルを3人の子供達が相続するような場合、それ以外に財産がなければ、共有を回避することが極めて困難です。しかし、共有してしまえば、将来的に不動産の処分をめぐってトラブルが発生するおそれがあります。建替え、売却するときには共有オーナー全員の合意が必要となり、1人でも反対する人が出てくると、何もできなくなってしまいます。

 

そこで活用したいのが信託です。たとえば、父親が、同族会社に対して大きな土地を貸している場合、土地が子供の共有になると、会社経営にとって不都合が生じるおそれがあります。しかし、あまりに評価の高い不動産であるため、土地を子供達で共有させるしかないという状況が生じたとしましょう。

 

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そのような場合、同族会社を受託者として賃貸不動産を信託し、当初の受益権は父親が保有します(自益信託)。また、相続が発生したときに、子供が受け取る受益権の割合を信託契約で決めておきます(遺言代用信託)。不動産管理については、同族会社に任せておき、子供のうちの1人を同族会社の代表者に就任させるのです。その点についても信託契約に記載しておけばよいでしょう。

 

[図表3]大きな土地を共有する場合
[図表3]大きな土地を共有する場合

 

そうすれば、共有された不動産の処分に係る意思決定は同族会社の代表者が単独で行うこととなり、その処分をめぐるトラブルの発生を回避することができるのです。

 

 

岸田 康雄

国際公認投資アナリスト/一級ファイナンシャル・プランニング技能士/公認会計士/税理士/中小企業診断士

 

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本連載に記載されているデータおよび各種制度の情報はいずれも執筆時点のものであり(2019年7月)、今後変更される可能性があります。あらかじめご了承ください。

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