ゴーストタウン化の危機に直面する田園調布
不動産選びは一にも二にも立地が大事といわれています。入居者獲得競争が激化することが避けられない時代の中で、この言葉はますます重みを増していくことになるでしょう。投資する物件を選ぶ際には、何よりもまず人が集まるエリアがどこなのかを考え、さらにそのエリアの中でどこがベストの立地なのかを把握する作業が必要になるのです。
このエリア探しの作業を行う際に意識しておきたいことは、“街の過去の名声”に惑わされないことです。かつては人気があった場所が、現在もそうであるとは限りません。「○○の街は昔、みんなが住みたがっていたな。今も変わらないだろう」などと過去のイメージを持ち続けたままでいると、とうに人気を失ってしまっているようなエリアの物件を「おや、この場所でこの値段は安いなあ、きっと掘り出し物に違いない」などと誤って購入することになりかねません。
例えば、昭和の頃は高級住宅地の代名詞だった田園調布。そこに住むことは成功者や資産家の証とみなされ、多くの人が憧れていたエリアですが、実は今、空き家が増え、衰亡の危機に瀕しているといわれています。
試しに、「田園調布」「危機」などのワードでインターネットを検索してみてください。すると、『田園調布に空き地続出 「高級住宅地」もゴーストタウン化顕著』『田園調布に忍び寄るゴーストタウン危機。セレブ住宅街の辛い現実』『田園調布にはコンビニが無い!? 自由が丘で“半グレ”を目撃……没落する「セレブタウン」の実態』などというネガティブなタイトルを付されたインターネットメディア等の記事が次々と現れるはずです。
田園調布衰退の元凶は“建築協定”にある
先にあげた記事のタイトルは人目を引くためなのか、どれも若干大げさな調子となっていますが、それにしても田園調布がどのような状況になっているのかは記事を読まずとも伝わってくるはずです。
いったいなぜ、西の芦屋と並び称され日本で一、二を争うほどの高級住宅地だった憧れの街がゴーストタウン化を懸念されるような惨状に陥ってしまったのでしょうか。その最大の原因は、“建築協定”にあります。
一般に、高級住宅地では、ゆとりのある住環境の保全等を目的として、住宅を建築する際には一定規模の敷地を確保する取り決めなどを地域住民達が定めています。これを建築協定といいます。田園調布の場合には、「田園調布憲章」の名称で次のようなルールが設定されています。
●敷地は165平方メートル以上
●建物の高さは9メートル、地上2階建てまで
●敷地周囲に原則として塀は設けず、植栽による生け垣。石材、コンクリートなどの塀の場合、高さ1.2メートル以下
●一定面積の樹木による緑化。既存樹木は原則として残す
●外壁や屋根などの色は、地区の環境に調和した落ち着いたものとする
●道路や敷地境界線から1メートルには塀や門、看板など、緑化を妨げる工作物の設置禁止
●ワンルームタイプの集合住宅は不可
(2016年10月6日付朝日新聞「(田園調布…高級住宅地の街:1)時間ゆるり、緑の邸宅街」より引用)
この“建築協定”のルールに示されているように、田園調布では165平方メートル以上の敷地を確保しなければ、新たな家を建てることができません。そのために、土地の所有者が亡くなり相続が発生したときに、相続人が相続した土地を簡単に売れなくなっている状況がもたらされているのです。
厳しい規制を嫌い業者も買いたがらない
例えば、相続人が300平方メートルの土地を相続したような場合、まず、この土地を分割して売ることはできません。もし土地を分割した場合、分割後の土地の一方は165平方メートル以上の面積を確保することが困難だからです(つまりは、家を建てることができないわけです。そのような土地を好き好んで買うような人はいないでしょう)。
だからといって、分割しないままでは価格が高すぎて、購入できる人は非常に限られてしまいます(田園調布で300平方メートルの土地を買うとなれば、軽く億単位の資金が必要になります)。
もちろん、一般の個人ではなく不動産業者であれば購入することは十分に可能でしょう。しかし、田園調布憲章に示されているように、建物の高さに制限が設けられているため、購入した土地に高層マンションや商業ビルを建てることはできません。また、ワンルームマンションの建築も禁じられています。
そのため、業者の視点から見た場合、田園調布の不動産は投資対象として割に合わず、積極的に購入したいという気持ちにはならないはずです。
老人だけになった街に人は魅力を感じない
このように普通の個人では購入できないほど不動産価格が高く、しかもマンション等の集合住宅が新たに建てられなくなったようなエリアには新しい人たちが、とりわけ住まいにお金をかけられるほどの収入をまだ得ていない若い世代の人たちが入りづらくなります。そうなると、街は必然的に昔ながらの住民ばかりに、つまりは高齢者ばかりになり、次第に活気が失われていくことになります。
活気の乏しい街、生き生きとしたところのない街に人は魅力を感じません。長年住んでいたような住民の中からも、より魅力のある街を求めて引っ越していく人が出てくるでしょう。このように高齢者がいなくなった家には誰も住まず、新たに入ってくる人はなく出て行く人ばかりが増えていけば“ゴーストタウン”となることは避けられません。
福本 啓貴
株式会社イーミライ・ホールディングス 代表取締役