本連載では、円満相続税理士法人の橘慶太税理士が、専門語ばかりで難解な相続を、図表や動画を用いてわかりやすく解説していきます。今回は、相続税の配偶者控除について見ていきましょう。

1.6億円まで相続税が無税になる「配偶者の税額軽減」

夫婦のどちらか一方が亡くなってしまうことを一次相続といいます。その後、夫婦のうち残された方が亡くなってしまうことを二次相続といいます。

 

[図表1]1次相続と2次相続
[図表1]1次相続と2次相続

 

平均余命からすると男性の方が先に亡くなってしまうことが多いですが、夫が亡くなってしまった時に、妻が相続する財産に多額の相続税が課税されてしまうと、今後の妻の生活に大きく支障がでてしまいます。そもそも、夫婦の財産は、夫婦が長年協力して築き上げたものです。「そんな財産に相続税を課税するのはあんまりです」と、いう趣旨のもと、夫婦間の相続には最低でも1億6000万円まで相続税を課税しない、配偶者の税額軽減という制度があります。

 

※ちなみに正確にいうと相続税には配偶者控除という制度はなく、配偶者の税額軽減が正しい名称です。

 

この話をすると非常に多くの人から、次の質問を受けます。

 

 

 

答えはどうなると思いますか?

 

その通り。財産が1億6000万円以下の人が亡くなってしまった時に、全財産を妻が相続すれば、相続税は0円になります。

 

 

この話をすると多くの人が次に考えるのは…

 

 

しかし、残念なことに、この考えが、最も相続税を高くしてしまうことになるのです。今回は、配偶者の税額軽減の基礎知識から、相続税対策の最大の落し穴を解説します。

 

■配偶者が非課税になる金額はいくら?

配偶者は最低でも1億6000万円まで相続税が非課税になりますよ、とお伝えしましたが、正確にいうと、配偶者は、法定相続分と1億6000万円のいずれか多い金額まで、相続税が非課税とされています。この表現を一発で理解できる人はいないと思います。私も初めて聞いたときは「?」となりました。これは事例を使って解説したほうがわかりやすいので、早速事例を見ていきましょう。

 

たとえば、財産を2億円持っている人がいたとします。この人が亡くなってしまった時に、妻はいくらまで相続税が非課税になるでしょうか? 法定相続分と1億6000万円を比べていきます、と伝えましたが、妻の法定相続分は全財産の2分の1です。つまり半分です。

 

亡くなったご主人の法定相続分は2分の1です。この人は2億円の財産を持っていたので、法定相続分は1億円ということになります。この1億円と1億6000万円を比べてみましょう。

 

どちらが多い金額になりましたか?

 

1億6000万円ですよね。このことから、2億円の財産を持っている人が亡くなってしまった場合には、妻は1億6000万円まで相続しても相続税がかからないということになります。

 

[図表2]2億円の財産を妻が相続した場合
[図表2]2億円の財産を妻が相続した場合

 

では続けて、4億円の財産を持っている人の事例で考えてみましょう。4億円持っている人の奥さんは、いくらまで相続しても相続税が課税されないでしょうか? 一緒に計算していきましょう。

 

まず、4億円の法定相続分(2分の1)は2億円です。この2億円と1億6000万円を比べてみましょう。どちらが多い金額になりますか?

 

2億円ですよね。このことから、4億円の財産を持っていた人が亡くなってしまった場合には、奥さんは2億円まで相続しても相続税が課税されない、ということになります。

 

[図表3]4億円の財産を妻に相続した場合
[図表3]4億円の財産を妻に相続した場合

 

このように考えると意外と簡単に理解できますよね。改めてお伝えすると、配偶者は1億6千万円か法定相続分のいずれか多い金額まで相続しても相続税がかかりません。このように伝えるのが正しい形なのですが、いかんせん覚えにくいですよね。筆者がおすすめする覚え方はこれです。

 

「配偶者は最低でも1億6000万円までは絶対に相続税かかりません!」。これで覚えるのが一番です。

 

■相続税対策の一番の落し穴

「夫婦の間では最低でも1億6000万円まで相続税がかからないなら、最大限それを使った方がお得に決まっているじゃない!」と思う方は多いでしょう。しかし、ここが相続税の最大の落し穴といって過言ではありません。配偶者の税額軽減があるからといって、必要以上の金額を配偶者に相続させてしまうと、結果として損をしてしまう可能性が非常に高くなるのです。

 

一次相続で配偶者がたくさん相続すれば、確かにその時の相続税は少なくなります、ただ、問題になるのは、二次相続の相続税です。一次相続で配偶者が多くの財産を相続すると、次に、その配偶者が亡くなった時の相続税が高くなります。一見当り前のことをいっているように聞こえるかもしれませんが、実は、多くの人が次のことを知らないのです。

 

一次相続と二次相続とでは、仮に、同じ金額の財産を相続する場合でも、圧倒的に二次相続時のほうが、相続税が割高になります。一次相続と二次相続の相続税を合計すると、一緒になるわけではないのです。そのため、二次相続で夫婦の財産をまとめて子どもに相続させようとすると、相続税がものすごく高くなります。一見お得に見える配偶者の税額軽減ですが、夫婦でどれくらい相続させあうかは慎重に考えないといけません。

一次相続で相続人の財産が増えすぎると…

■二次相続時のほうが、相続税が割高になる理由

理由は二つあります。一つ目の理由は、相続税の税率の仕組みに原因があります。相続税の税率は、財産が増えれば増えるほど、その税率もあがる構造がとられています。最低10%から最高55%までの税率があります(ちなみに平成27年に税率は引き上げられました)。

 

[図表4]相続税の税率
[図表4]相続税の税率

 

(ご主人が先に亡くなったと仮定して)ここでポイントになるのが、奥さん(配偶者)がもとから所有している財産です。奥さんも奥さんで、ご主人から相続する前から自身の財産を持っている人も大勢います。奥さんが現役時代に働いて貯めたお金かもしれませんし、奥さんが両親から相続した財産かもしれません。既に財産を持っている奥さんが、ご主人の全財産を相続すると、そのときの相続税は0円になりますが、相続した後の奥さんの財産は非常に大きくなってしまいます。この状態のまま奥さんが亡くなってしまうと、相続税の税率が非常に高くなってしまうのです。

 

[図表5]1次相続で子どもに相続させた場合
[図表5]1次相続で子どもに相続させた場合

 

[図表6]1次相続で奥さんに相続した場合
[図表6]1次相続で奥さんに相続した場合

 

夫婦間で相続させすぎると2次相続の財産額が増え、相続税の税率が高くなってしまう。これが一つ目の理由です。

 

二つ目の理由は相続人の数です。こちらのほうが、圧倒的に影響は大きいです。先ほどの家族、一次相続の相続人は何人だったでしょうか?

 

[図表7]夫婦と子どもふたりの家族。夫が亡くなった際の相続人の人数は?
[図表7]夫婦と子どもふたりの家族。夫が亡くなった際の相続人の人数は?

 

相続人は3人です。それでは二次相続のときは、相続人は何人だったでしょうか?

 

[図表8]夫婦と子どもふたりの家族。夫に続き、妻も亡くなった場合の相続人の人数は?
[図表8]夫婦と子どもふたりの家族。夫に続き、妻も亡くなった場合の相続人の人数は?

 

 

二次相続では、相続人は2人になります。相続人の数が1人減るのです。この相続人が1人減るということが、相続税を大幅に増加させる最大の原因です。相続税の計算は、相続人の人数に基づいて計算されています。ここで重要なポイントは、相続税は相続人が多くなるほど少なくなるという性質を持っていることです。裏を返すと、相続税は、相続人の数が1人減るだけで、跳ね上がるという性質を持っているということです。

 

この2つの理由が組み合わさると、どれだけ相続税が高くなってしまうか、考えてみましょう。たとえば、1億円の財産をもった父と、5千万円の財産をもった母、子どもが2人いる家族がいます。夫婦間でまったく相続しなかった場合(0%)から夫婦間で全て相続した場合(100%)の相続税の推移は次のようになります。

 

[図表8]夫婦間でまったく相続しなかった場合(0%)から夫婦間ですべて相続した場合(100%)の相続税の推移
[図表8]夫婦間でまったく相続しなかった場合(0%)から夫婦間ですべて相続した場合(100%)の相続税の推移

[図表9]夫婦間でまったく相続しなかった場合(0%)から夫婦間ですべて相続した場合(100%)の相続税の推移(グラフ)

[図表9]夫婦間でまったく相続しなかった場合(0%)から夫婦間ですべて相続した場合(100%)の相続税の推移(グラフ)

 

一次相続では、妻がまったく相続しない場合の相続税は630万円ですが、すべて相続した場合には相続税は0円です。一方で、二次相続では、妻がまったく相続しなかった場合の相続税は80万円ですが、すべて相続した場合には相続税は1840万円です。一次と二次を合計すると、0%と100%で3倍近く差が開くことがお分かりになると思います。

 

夫婦間の相続では相続税がかからないからといって、必要以上の財産を渡し過ぎてしまうと、次の相続で、非常に高い相続税の負担が発生してしまう可能性があります。

 

しかし、実際には残された人が今後どれだけ財産を使うかによって、上記の結果は変わってきます。そのため、夫婦間でどれだけ相続させあうかは、慎重に考えなければいけないのです。

 

 ■まとめ 

夫婦間の相続においては最低でも1億6000万円まで相続税はかかりません。しかし節税対策になると思って、必要以上に相続させすぎると次の相続で非常に割高な相続税を払うことになります。

 

筆者がいつもアドバイスさせていただいているのは「1次相続では、奥様が今後これだけあれば安心して暮らしていける、と思える金額を相続してください」と伝えています。確かに相続税のことも大切ですが、一番重要なのは、残された人の今後の生活です。いずれにしても夫婦間の相続というのは税金のことまで考えて慎重に検討する必要があります。

 

 

【動画/筆者が「相続税の基礎控除」を分かりやすく解説】

 

 

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