開業医は経営者。しかし、診療もクリニック運営もすべてひとりで抱え込めば、身動きが取れなくなってしまいます。ここでは、スタッフに「権限委譲」することの重要性を解説します。※働き方改革といっても、時間がない…何から始めればいいのかわからない…忙しい開業医のために提案する、ドクターのタイムマネジメント。本連載は、医療法人社団梅華会理事長である梅岡比俊氏の著書『ドクターの“働き方改革”28メソッド: 開業医のための最強のタイムマネジメント』より一部を抜粋し、「時間」と「働き方」を最適化する方法を紹介します。

クリニックは「診療」すらもアウトソース可能

我々ドクターは、何から何まで自分で考え自分で行動することが習慣になっていて、人に任せることに慣れていないのではないでしょうか。開業を志してからの準備段階でも開業してからも、すべての計画を自分で組み立て、実行して、それで、ほぼすべてが賄えてしまっているというのが、実情なのではないかと思います。

 

そして、それらの業務にあまりに追われる毎日を過ごしているので、何かの業務をスタッフに任せようかな・・・という考えが頭をかすめても、そのためにはスタッフに仕事を教えなければならないし、スタッフが覚えるのにいつまでかかるかわからないし、その時間がもったいない・・・と、こんな思考回路になってしまっているのではないかと思います。

 

開業当時の私の思考回路も同様でした。しかし、実は、その時点でもったいないと思われた教育の時間が、スタッフが仕事をマスターしてくれたあとは、莫大なる時間を私に提供してくれたのです。たとえスタッフがする仕事が自分でするほど完璧でなくても、おおかた満足できるのであれば、得られる成果に大差はないと私は感じています。

 

例えば、私がスタッフに任せた仕事の一つに人材紹介会社との折衝があります。比較的スタッフの入退職の多いクリニックにとって、リクルートは肝となる業務の一つと言えます。クリニックは、ドクターや看護師、医療事務スタッフの採用に、しばしば人材紹介会社を利用すると思います。そして、その会社の担当者との信頼関係がうまく築けていれば、良い人材を紹介してもらえる確率が高くなります。そのためにはお会いしてこちらの意向をしっかり伝える必要がありますが、それは本当にトップである院長自身がしなくてはならないことなのかと考えたとき、そうではないという答えが出ました。

 

院長が診療をしている時間に人事担当スタッフが人材紹介会社の担当者とお会いして、こちらの意向を明確に先方に伝えることができれば十分であると思えたのです。人材紹介会社の担当者にとっても診療後や休日といった時間外勤務をしなくてよいほうが嬉しいのではないかとも思いました。

 

そこで、まず、法人の理念を浸透させると同時にどのような人材に入職してほしいのかなどを人事担当スタッフに明確に伝えて理解してもらうといった事前準備を周到に行いました。院長が診療していても人事担当スタッフがすべてを行ってくれるという仕組みを間違いなくつくれれば、その業務に関しては権限委譲ができると考えたのです。

 

人事担当スタッフが私の考えを共有し、私と同じ目線で行動してくれるなら、人材紹介会社の担当者との打ち合わせだけでなく採用試験や面接も、理事長である私が昼休みや診療終了後、はたまた休日を返上して行わなくても、診療中にスタッフが行ってくれることで、ほぼ満足のいく結果が得られると考えたのです。新しく入ったスタッフに対する教育も同様に、教育に関するマニュアルをつくって教育担当スタッフが行うような仕組みをつくりました。

 

権限委譲について、かの有名なピーター・ドラッカー氏は「ミッション・ビジョン・バリューの決定以外のすべてはアウトソースできる」と言っています。その考えからすれば、クリニックにおいては診療さえもアウトソースできるということになります。

 

実際、2017年、私はゴビ砂漠マラソンに出場しました。このマラソンへの参加は約10 日間クリニックを空けるという、未だかつてない冒険でした。しかも、中国とモンゴルの国境地帯の山奥にあるゴビ砂漠にはネット環境などもちろんありませんから、日本とまったく連絡できない状態でした。それでも、帰国してみれば、前月よりも売り上げが伸びていたという、嬉しいような悲しいような事実があります。

 

医者という立場を考えれば少し寂しい気もしますが、スタッフに任せる業務が増えれば増えるほど、経営者としての時間や家族との時間が増えるということは確信できました。

いまの時間で教育すれば、未来の時間を大幅節約!

権限委譲に関して、私が参考にした書籍は、アメリカの自己訓練戦略家、ロリー・バーデン氏が書いた『時間投資思考(ダイレクト出版)です。ここには、今まで自分がやっていた仕事を他の人に任せる時は、「30対1ルールを念頭に置いて行えばうまくいく」という、権限委譲の一つの手法が書かれています。

 

具体例を紹介します。毎日自分で5分かけて行っていた仕事があったとします。それを誰かに引き継ぐために教える場合、5分の30倍の150分、2時間半をかけて教育するとほぼ任せられるようになるということが経験上証明されているそうです。それに対して、もし、毎日5分の仕事を自分で1年間続けたとすると、勤務日数が年間250日なら5分×250日で1250分を費やすことになります。つまり、150分かけて誰かにその仕事を教えると、1年間では1250分から150分を引いた1100分も時間を節約できるというのです。

 

日々スタッフに仕事を教えていると、これだったら自分がやったほうがずっと早い・・・と感じることも多いと思いますが、この事例から、教育が長期的には新たな時間の創出に繋がることがおわかりいただけたと思います。なお、この150分は、一度に教える内容の全部を150分で教えるのではなく、何回かに分けて行ってもよいとしています。むしろ、統計学的には少し間隔を空けて何回かに分けて教えたほうが、うまくいく確率が高いそうです。

まずは相手の実力を知り、レベルを合わせよ

とはいえ、かくいう私の権限委譲もすべてが簡単にできたわけではありません。何度も何度も失敗しています。例えば、私が考える“クリニックはこういうものだ”というイメージはスタッフにすでに共有されていると勝手に思っていたので、ある分院のレイアウトをスタッフに任せていたのですが、それが完成したときに、私の求めるものとは大きく異なっていて、とてもがっかりしたことがあります。そのクリニックではカルテを管理する棚などのバックヤードが患者さんから見えるような位置に配置されていたのです。

 

私はそれまで、そのスタッフに対し、患者さんにカルテの配置を見せるなとか、見せないようにしてくださいなどの指示をいっさい出したことがなかったですが、勝手に私は梅華会のクリニックはこうであるべきだというものを自分のなかで決め、スタッフと共有できていると思い込んでいたのです。しかし、現実にはそのことをスタッフと共有できていなかったので、こういった失敗に至ったというわけです。

 

つまるところ、その失敗の原因は、自分のパラダイムでしかものを考えられなかったということだと思っています。自分が相手に求めている仕事のレベルと、相手が私の話を聞いて理解した仕事のレベルに大きな差があり、成果物が上がってきたとたんに「なんじゃこりゃ!!」となったわけです。

 

未熟だった当時の私は、その成果物を見てスタッフを怒ったり、責めたり、非難したりもしましたが、実は、それはスタッフの能力が足りなかったのではなく、私がスタッフのことをよく理解していなかったからなのです。説明が足りなかったり、私が求めている成果物のイメージをしっかりスタッフに伝えきれていなかったから、さらには、スタッフのその時点での実力を見極める自分の能力が足りていなかったから満足のいく成果物が上がってこなかったのです。

 

この経験から私が学んだことは、仕事を人に任せるときは、まず、相手のレベルに合わせた内容の仕事にすること、そして、自分と相手の成果物のイメージのすり合わせをしっかり行うこと、この2点が重要だということです。

 

 

梅岡 比俊

医療法人梅華会 理事長

 

ドクターの“働き方改革”28メソッド:開業医のための最強のタイムマネジメント

ドクターの“働き方改革”28メソッド:開業医のための最強のタイムマネジメント

梅岡 比俊

医学通信社

「仕事、仕事で1年365日疲れ果てている・・・」 「日々の仕事をこなすためだけに時間を使い果たし、自分のために使う時間、家族との時間はほとんど残っていない・・・」 「医師には患者を救う使命があるが、自らが心身ともに…

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