「障害者の雇用の促進等に関する法律」の制定により、大企業を先頭に障がい者の雇用は徐々に増加している。しかしながら、法定雇用率を達成している企業は未だ全体の4割に留まっているという。本連載では、小松成美氏の著書『虹色のチョーク 働く幸せを実現した町工場の奇跡』より一部を抜粋し、障がい者を積極的に採用し、「日本でいちばん大切にしたい会社」として知られる、日本理化学工業で働く人々の姿を紹介する。本記事では、同社独自の「社員教育法」について見ていく。

文字が読めない社員には「色合わせ」による計量を提案

◆それぞれの理解力に合わせた工夫

 

障がいのある社員たちが研ぎ澄まされた技術を発揮できるのは、健常者の社員が「こうやるべきだ」とその方法を画一的に教えるのではなく、彼らそれぞれの理解力に合わせた工夫が施されているからだ。

 

隆久さんはまず原料の置かれている場所に立ち、こう説明をしてくれた。

 

「原料を入れるバケツの色はそれぞれ異なっており、入れ間違いのリスクがないようにしました。分量はバケツと同じ色の分銅と秤(はかり)を使って計量します」

 

雇用した知的障がい者をラインの仕事に就かせることはできないか。そう考えた大山泰弘会長が、文字を読むことができずとも信号機の色とその意味を理解し、事故に遭わず通勤する障がい者の姿を見て、「色合わせ」で材料の計量ができる手法を編み出した。

 

「同じ色を合わせるというルールを理解する。その能力を応用し、材料の計量に使いました。普通の工場なら『原料は何グラムで何と何を混ぜる』と教え、マニュアルにある指示表を見て材料や手順を確認するのですが、文字や数字の理解が難しい人のために編み出した方法です」

 

「父から聞いた話ですが、当初は言葉で何度説明しても、『わかった』と言って、作業しては間違える。その繰り返しでした。ところが、色合わせの方法で実際にやってみたところ、健常者の社員がサポートしなくても、正確に計量していくのです」

 

作業を見回る健常者の社員が順調な作業を褒めると、さらなる変化が起きた。

 

「ラインの担当者に『よくできているね』『順調だね』と声を掛けて、褒めながら仕事をしていくと、作業効率が上がり、就業時間の前に自分の仕事が終わってしまう。すると、『もっとやってもいいですか』と、仕事への意欲が湧いてきたのだそうです」

 

その人の持つ理解力に合わせて作業工程を設計し、温かい目で見守れば、彼らは健常者と変わらない能力を発揮する。さらに、褒められれば喜びを感じ、向上心を持つ。

 

家族や社会が保護することでしか生きる術がないとさえ思われていた知的障がい者。その存在が大山会長や社員の気付きと努力によって、会社の主戦力に変わった瞬間だった。

 

「大事なのは無理に教えるのではなく、彼らの理解力に合わせて作業環境を作ること。父や当時の社員は、そのことに情熱を注ぎ、作業工程の改善を図っていったのです」

 

工場には大きな砂時計がいくつも置いてある。文字盤の時計が読めない彼らのために、この砂時計が使われているのだ。

 

「原料の混練では同じ品質を保つために一定の時間でミキサーを動かさなければなりませんが、時計が読めない社員も多い。そこで、時計が読めなくても正確な時間を計れるよう砂時計を用いました。混練の機械のスイッチを入れたらまず砂時計をひっくり返し、砂が落ちたらそのスイッチを切る。どんな社員も間違えることがなくなりました」

 

解説書や手順書を手渡して理解させることを目的とせず、体で覚える職人を創る。日本理化学工業の数々の工夫は、卓越した職人を育て上げることになった。

 

「父や当時の社員たちは、障がい者を前に『どうしてできないんだ』と考えるのではなく、常に『どうすればできるんだ』と、考えました」

 

たとえば、数を数える場合。

 

「2桁以上の数を数える場合には、数字が書かれた単語帳を用意しています。押出しの作業では10枚一束になった取り板にチョークを取り、次の10枚に入るときに1枚めくる、というように」

 

その結果、彼らにできる方法さえ見つければ、彼らは力を尽くし働けることを証明できた。

 

「そればかりか、常人にはない集中力・察知力を発揮してくれることを知ったわけです」

規格をクリアするため、独自の検査器具を開発

「チョークの作業目標」を掲げ、昨日の製造本数と今日の目標本数を数字で示し、クリアしたらその日に、「目標達成おめでとう、よく頑張ったね」と褒めると、 生産性は右肩上がりとなり、彼らが作ったチョークの品質は業界一高いものになった。

 

川崎工場では、手作業と思えない速度と正確さで、揃えられたチョークを乗せた板を1日に一人500枚作ることが目標だ。チョークの数にして14万本。そのチョークが焼き上げられ、コーティングされ、検品され、箱詰めされ、全国の学校へ届けられている。

 

「知的障がい者では無理だと思われていた検査・検品も、我が社ではラインのメンバーが取り組んでいます。チョークのサイズは厳密に決められていて、厳しい規格をクリアしなければなりません。製造ラインには5カ所、不良を目視で確認する場所があるんですよ」

 

そこにも弛まぬ工夫と、その結実として誕生した道具があった。

 

「まず、押出し成形機の検査棒です。チョークを圧縮して円柱形にするための穴の大きさを測ります。この検査棒が目盛りの線まで入らなければ合格です。逆に摩耗(まもう)により穴が基準より大きくなっていたら、棒は目盛りより深く入ってしまうので、チョークの押出し成形機のノズルを調整しなければなりません。この棒により、ノギスでの計測の必要はなくなりました。検査棒を用いて、障がいのある社員が毎日生産前と休憩後に検査をして機械のメンテナンスも行っています」

 

さらに、完成したチョークの成形品を検査する箱型の治具(じぐ)もある。

 

「チョークは0.1ミリ単位の品質基準が求められます。JIS規格に適合するチョークの太さは11.2ミリ±0.5以下の誤差です。それをチェックするために、上限と下限の溝にはめて確認する方法を考えました。誰もが一瞬で太すぎる、細すぎる、曲がっているなど、チョークの不良を検査することができる道具を作ったのです。これも複雑な計測器や目盛りのある機械を使わなくてもいいようにと、父と社員が考案しました」

 

使い方は簡単だ。コーティング工程の終わったチョークを目視して不良が疑われる際(目視で1ミリの誤差を見つけ出す能力もまた熟練の職人の技だ)に、そのチョーク1本をつまみ上げ、箱型の治具の溝にすっと入れてみる。太い場合は、溝に入らない。細い場合は、溝のいちばん底に落ちてしまう。

 

「この治具には、溝の中段に段差があって、中段より下は隙間がより狭くなっているんです。この溝にすっかり収まるチョークが正しいサイズということになります。チョークが溝にすっと入り、なおかつ中段で止まっていれば合格です」

 

道具を使って見つけ出した不良のチョークを入れる箱にも、さらなるアイディアがあった。×の箱と△の箱があるのだ。隆久さんが解説する。

 

「チョークが、JIS規格であるか否か。製造ラインを含めた5カ所の検査ポイントで、僅かでも疑わしいチョークはラインから取り出していきます。絶対に不良品を販売商品に混入させないためです。万が一、JIS規格外のチョークを販売して返品となれば、社の信用が失墜(しっつい)しますから。とにかく厳密さを重視しているので、ぎりぎりJIS規格内にあるものがピックアップされる場合があるのです。そうした判別が難しいものを△の札の付いたボックスに入れます。×の札が付いたボックスのチョークは砕かれ、再度練り直して成形し直されますが、△ボックスのチョークは健常者の社員が手にとって再検査します」

 

JIS規格の選別は、チョーク職人にとってなくてはならない資質だと隆久さんは言う。

 

「この選別作業は、得意不得意を知る機会にもなっています。的確に×と△を仕分ける人と、曖昧な選別をする人とを知ることができる。作業を見る健常者の社員は、曖昧な選別をする社員に検品の技術向上のためのトレーニングをしたり、アドバイスをしたりするんですよ。皆、鋭い感性と目を持っていますから、必ず上達します」

 

オートマティックではあり得ない人の能力の発揮と、二重三重に担保されるチョークの品質。整然と構築されたチョークの製造工程が、一分の隙もなく働き手に寄り添っている。

 

壁には効率良く作業が進むように、手書きの工程表が貼られている。

 

「白色のチョークは美唄工場で生産されていますので、川崎工場の生産ラインでは、白色以外の色チョークを主に生産しています。そこで、特に気を配っているのが、チョークの色を替える際の作業時間です。色を替える度に機械を分解して洗浄・掃除を行うため、この清掃時間が長くなればなるほど生産効率が落ちてしまうからです。色替えの工程で時間短縮するための工夫が、この工程表なのです。製造の工程を『押出し』、『混練』、『箱詰め』の3つに分けてチームを組み、各チームの色替えのための工程を明記して、10分きざみ、30分きざみに、それぞれ作業ができるようになっているんですよ」

 

幼稚園や小学校の低学年の教室にあるようなカラフルな工程表を侮(あなど)ることなかれ。そこには、今、自分がどのチームにいて、何をすればいいのかが一目でわかるように示されている。

 

「熟練した社員ばかりですから、慣れた作業なら時間内に終えてしまうことも少なくないんです。すると、作業が終わっていないチームを手伝うようになって、さらなる時間短縮に繫がっていきました。私たちがお願いしたのではなく、彼らの自発的な行動です。ありがたいことに、今はそれが当たり前の作業になっています」

 

私は、細かな説明を施してくれた社長へこう声を掛けた。

 

「ラインで働く皆さんの表情がいきいきしていますね。皆、瞳が輝いて楽しそうです」

 

黙々と作業している彼らは、その静けさとは対照的な華やいだ表情をしている。瞳は輝き、時折笑みを浮かべて、目の前のチョークを愛情ある目で見つめている。

 

隆久さんも「日々そう感じています」と、相槌を打った。

 

「人体に安全なチョークを作っているという誇りと喜び、このチョークを待ってくれている学校の先生や生徒たちへ届けたいという使命感、彼らはそうした思いを簡単には言葉にはできませんが、表情がそれを物語っています。私などは、彼らの潑剌(はつらつ)とした笑顔を見る度に、チョークを作っていることの嬉しさを思い出させてもらっていますよ」

 

ラインの中央には、1年間の目標を記した「チャレンジボード」が掲げられている。つまり、それは日本理化学工業の生産目標だ。

 

「押出しや箱詰めの1日の目標を決め、1年にわたってどれだけ達成できたか、一目でわかるようにしたボードです。達成できた日には花のシールが貼られます。花のシールを増やすために頑張り、シールが貼れない日は悔しがります。シンプルですが、この手作りのボード1枚が皆の心を一つにしていますね」

 

本連載は、2017年5月20日に刊行された書籍『虹色のチョーク 働く幸せを実現した町工場の奇跡』から抜粋したものです。最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

虹色のチョーク 働く幸せを実現した町工場の奇跡

虹色のチョーク 働く幸せを実現した町工場の奇跡

小松 成美

幻冬舎

「彼らこそ、この会社に必要なんです」 社員の7割が知的障がい者である“日本でいちばん大切にしたい会社”を、小松成美が描いた感動のノンフィクション。 人は働くこと、人の役に立つことで幸せになれる――。 神奈川…

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