スウェーデンの交通事故賠償からみる「日本の慰謝料」の問題点

本記事では、福祉国家であるスウェーデンの交通事故賠償制度を学び、被害者を守る制度や慰謝料について考えていきます。

労災類似の補償に変えたスウェーデンの交通事故賠償

あるべき交通事故賠償制度を考えるうえで、参考になるのがスウェーデンの制度である。同国は、もともと我が国と同じく不法行為法に基づいて交通事故賠償を行っていた。

 

しかし自損事故や過失の大きい場合の保護が不十分であること、過失減額が認められていたことなど、不法行為法の枠内では交通事故被害者の救済が不十分であると早くから認識されていた点が大きく異なる。そこで1972年、司法大臣によって交通事故賠償法案の改正案が提出され、制度の抜本的な見直しが行われたのである。

 

改正案は、自動車保険を不法行為から切り離し、「労災保険をモデルとした補償制度」(過失を問題とせず交通損害に対して強制保険が補償するという、労働災害と同じような扱いにすること)として法制度を組み直したのである。

 

交通事故被害者の救済を、労働者の過失の有無を問わない労災類似の補償にするという発想は、福祉国家であるスウェーデンならではである。また、社会制度を福祉的に構成していた同国ならではの制度設計であり、直ちに我が国に導入できるものではないだろう。

 

しかし、交通事故被害者をどのように救済するかを考える視点としては有益であると考え、ここで紹介することにする。

 

スウェーデンの新交通事故損害法は、さまざまな検討を経て、1975年に誕生した。その交通損害法の特徴は以下の4つである。

 

①補償額は損害賠償法の完全賠償に倣って無制限とする

 

損害賠償を補償によって代替しようとする制度の設計にあたり、補償額の限度額を民事の損害賠償額と同額にするか、補償の範囲を制限するかどうかについて議論されていたが、民事賠償額と同額にすることとし、補償額は制限されるべきではないとされた。被害者の補償について減額を行うのは、被害者に故意または重大な過失があった場合とされる。

 

②補償を持って損害賠償に完全に代替させていること

 

スウェーデンでは自動車交通被害者による損害賠償請求権は制限・禁止はされていないが、交通保険から損害が補償されるため、被害者が加害者に対して損害賠償をする余地は基本的に存在しない。

 

③無過失責任主義を採用したこと

 

スウェーデンの損害賠償の基本原則は過失責任主義とされている。しかし労災をモデルにした補償制度という観点から、被害者に過失があっても減額がなされない制度が採用されている。交通事故によって人身損害を負った被害者は、自身の過失のあるなしにかかわらず、相応の補償を受けることができる。ただし、被害者に故意または重大な過失があった場合に限り減額がなされることになっている。

 

④補償において非経済的損害に対する補償(慰謝料など)が重視されていること

 

スウェーデンの交通事故補償では、所得喪失に対する補償(我が国でいうところの逸失利益)ではなく、慰謝料が重視されている。というのも所得喪失に対しては各種社会保険から給付されるからである。健康保険、基礎年金、労災保険などから、医療給付のほか、傷病手当や障害年金、遺族年金など所得喪失に対する給付がなされるのである。一方で、慰謝料などの非経済的損失に関しての補償は社会保険では行われない。そのため、交通保険の補償の中で慰謝料などの非経済的損失にかかる補償が重視され、充実しているのである。

「慰謝料」について今一度よく考えてみる

交通事故で障害を負った場合、これまでのように仕事ができなくなり、収入が減ってしまうことが考えられる。収入減の分の賠償がなされるのは当然である。しかし、現実の生活を考えた場合、損失は決して経済的なものばかりではないはずだ。むしろ家族と一緒に出かけたり、遊んだりする楽しみが奪われたり、趣味やレクリエーションなどを楽しむことが制限されることの損失も人生においては大きなマイナスではないだろうか? また治療によって受ける苦痛も大きな影響をもたらすことは容易に想像できる。

 

我が国の慰謝料は、原則として入通院の期間と後遺障害の等級に基づいて算出されている。それに対して、非経済的損失を補償の中で大きく扱っているスウェーデンやフランスは、慰謝料を細分化して評価している点が我が国と大きく異なる。ここでは、スウェーデンの例を詳しく見ていこう。

 

まず同国の交通事故賠償制度の中で非経済的損失は次の4つに分類されている。それは①苦痛に対する補償、②医学的障害に対する補償、③外見的後遺症に対する補償、④身体切断に対する補償。そして、それぞれにおいてガイドラインが示され、補償額を決定しているのである。

 

①苦痛に対する補償

 

苦痛とは、交通事故によってケガをした場合、その治療の期間中において与えられる肉体的、精神的な苦しみ・痛みをいう。より具体的には、治療が終わって健常な状態に戻るか、症状固定して後遺障害が残るまでの治療期間の間の苦痛を指している。

 

②医学的障害に対する補償

 

医学的障害とは、我が国でいうところの後遺障害に当たる。医学的障害はその障害度から10%から99%まで、なんと1%刻みになっていて、それぞれの障害度と年齢に応じて賠償額が決められている。障害度の基準は、機能が完全に失われた状態を100%として定められている。ちなみに、ここでいう医学的障害とは、被害者の職業や趣味、その他特別の事情を考慮しない身体的または心理的な機能低下を指す。

 

注目すべきなのは、15歳以下の子どもに対しては10%増額されることである。子どもは将来があり、しかも長く障害を負って生きなければならないことを考えれば当然だろう。

 

③外見的障害に対する補償

 

事故によって外見的な障害を負うケースも多い。それ自体は労働能力に影響はないものの、生活においてはさまざまな不利益や苦痛を伴うことがある。スウェーデンの補償制度では外見の障害に対しても独立した等級表が存在し、障害部位とその重さの度合いから補償額が明確に決められているのである。

 

この外見的障害に対する補償も、障害を受けた者の年齢によって給付額が変わる。年齢が高いほど安く、26歳以上は原則として減額されるが、25歳を100として24歳以下は若いほど増額されるのである。ここでも若い人、子どもに補償を厚くする同国の姿勢が見られる。

 

④身体切断による外見的障害に対する補償

 

四肢や指などの切断に対しては、労働能力喪失という点からも補償されるが、ここでは切断による外見的な損害に対して補償をすることが決められている。足と手、それぞれの部位によって賠償額が決まっていて、やはり年齢によって補償額が増減されることになっている。

 

以上はスウェーデンの例であるが、たとえばフランスでは苦痛による損害、楽しみの喪失による損害、美的損害、性的損害、家族計画の影響に対する損害などが非経済的損害、つまり慰謝料として認められている。

 

我が国の慰謝料算定は、後遺障害や入通院期間の長さからその金額を認定する扱いであり、これらの賠償額の中に精神的苦痛や生活への影響が含まれていると解されている。そのため、必ずしも諸外国の慰謝料考慮要素が我が国で認められていないというわけではない。

 

しかし、私が我が国の交通事故賠償について思うのは、とにかく機械的、画一的な扱いを最優先にしており、慰謝料の算定でもそのような考え方が表れているということだ。そこには、日々喜怒哀楽の感情を有し、生活をしている人間としての交通被害者は登場しない。

 

また、スウェーデンでは、後遺障害が子どもに対してきちんと配慮した制度設計になっていることに驚く。考えてみれば、子どもほど精神的苦痛が続く期間が長くなるので、慰謝料が高くなって当然だ。

 

我が国の交通事故賠償制度は、労働者を対象とする労災に準拠しているため、子どもの損害に対して適切な賠償算定ができていない。子どもの怪我や後遺障害が人格形成に与える影響や、学業や部活動へ与える影響などを、きちんと損害へ反映できる制度がないのだ。

 

それどころか、逸失利益の算定において、子どもが就労可能な年齢(高校や大学の卒業年齢)から始めるため、ライプニッツ係数の問題(年5%で運用しないと損をするという問題)によって、大人よりもさらに賠償に不利なのである。

 

このように、交通事故被害者の慰謝料の算定一つとっても、いかに諸外国が被害者の現状をきちんと知ろうとし、評価しようとしているのかが分かる。交通事故被害者を一人の人格として扱い、どのように救おうとしているのかという基本的思想が、慰謝料の算定の場面にも表れているのである。

 

 

平岡 将人

弁護士法人サリュ 代表

弁護士

 

弁護士法人サリュ 代表
弁護士 

昭和52年、埼玉県生まれ。中央大学法学部卒業後、平成18年弁護士登録時より弁護士法人サリュに在籍。「われわれにしかできないことがある。そのために強くあれ。戦え。」というサリュの精神の薫陶を受ける。数多くの交通事故被害者の事件を手がけてきたが、依頼者を救うには制度そのものと対峙しなければならないと気付き、交通事故における障害者差別訴訟では画期的な勝訴を勝ち取るなど実績を残す。平成26年より同法人の2代目の代表に就任。「流されない、見失わない」法律事務所を作るため全国7事務所の弁護士とリーガルスタッフを束ね、日々邁進している。

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平岡 将人

幻冬舎メディアコンサルティング

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