本記事は、普通の社債よりもリターンが大きい「劣後債」への投資で注目された、ある超富裕層のエピソードを見ていきます。※本連載では、ペレグリン・ウェルス・サービシズ株式会社 代表取締役の山口聰氏に、超富裕層の資産運用のエピソードから、資産防衛のヒントを解説していただきます。

リーマンショック後に訪れた「欧州債務危機」

リーマンショックの痛手も冷めやらぬ2009年秋、ギリシアの財政赤字の危機的実態が判明し、欧州の単一通貨ユーロの信用が一気に低下、ギリシア国債の暴落を皮切りに通貨ユーロの下落、世界的な株価の大幅下落へと繋がりました。翌2010年にはアイルランドが財政破綻、さらに財政赤字に苦しむスペイン・ポルトガルへ不安が拡大し、2008年のリーマンショックの再来が懸念されました。いわゆる欧州債務危機です。

 

発端となったギリシアでは、2010年1月に欧州委員会がギリシアの統計上の不備を指摘したことが報道され、同国の財政状況の悪化が世界的に表面化していました。これに対して、ギリシア政府は3カ年財政健全化計画を発表しましたが、あまりに楽観的な経済成長が前提であったため、格付会社が相次いでギリシア国債の格付けを引き下げ、マーケットではデフォルト不安からギリシア国債の暴落へと繋がりました。そのあとも危機収束に向けた楽観論と悲観論が繰り返され、世界の金融市場は大きく揺さぶられることになりました。

 

さらに2011年にはイタリアがIMF(国際通貨基金)の監視下に入るなど、ユーロによる通貨統合を基礎に拡大してきたEUの基盤そのものが失われかねない危機に発展しました。2013年にはキプロスが危機的状況に陥り、EUとIMFは域内最強の資金力を持つドイツを中心にギリシアの救済・支援策を決め、ギリシアをはじめ各国に強く財政緊縮を求めることとなりました。そのあとも予断を許さない状況が続きましたが、2013年後半には各国の財政改革は次第に軌道に乗り、徐々にユーロ危機は終息に向かいました。

 

私があるお客様から、債券投資で大きな成功を収めたD様の話を伺ったのはちょうどその頃でした。

 

2010年から2013年にかけて、当時の日経平均株価は10,000円を挟んでの一進一退の動きを繰り返していました。世界の株式市場も下向きではありませんでしたが、大きく上下を繰り返す、投資家にとっては報われにくい動きが続いていました。2011年秋には特に欧州株式が大幅下落となりました。そのようななか、D様は、世界の主要金融機関が発行する債券に注目をしたのです。

欧州債務危機で「劣後債」も大きく下落

金融機関が発行する債券には、いくつかの種類があります。ここではその種類や細かい商品の特徴について触れませんが、高い利回りを期待する世界中の投資家が、欧米の大手金融機関が発行する「劣後債」を活発に取引していました。

 

金融機関は安全性を担保するために自己資本の比率を一定水準以上に保つよう規制されていますが、劣後債は自己資本にカウントすることが認められています。つまり、発行する金融機関側には株式価値を落とさずに自己資本を高めて資金調達できるメリットがあり、保有する投資家側には比較的高い利回りが期待できるというメリットがあります。そのような背景から、リーマンショック以降もその市場は拡大していました。

 

このように劣後債は、発行する金融機関側にとっては負債に違いありませんが、資本に近い位置付けとなります。欧州債務危機で金融機関の安定性が不安視されたり株価が大きく下がったりする局面では、これら劣後債も大きく値を下げていました。D様はそこにまたとない投資チャンスを見出したのです。

運用スタンスを変えて「永久劣後債」に投資

2008年のリーマンショックによる世界的な金融危機ではシティグループやAIGといった巨大金融機関が相次いで経営危機に陥り、政府が最終的に支援することになりました。この反省を踏まえて、主要国の金融監督当局は、「Too Big To Fail(巨大すぎるがゆえに国際的影響力が大きくて潰せない)」という事態を防ぐために国際的に事業展開する巨大金融機関に対して厳しい規制を課すことで合意。世界の金融システム上重要な金融機関として29行を特定しました。そこに名を連ねる金融機関のユーロ建て債券が、2011年から2012年にかけて、まるで破綻するかもしれない勢いで2008年のリーマンショックのときのように再び投げ売りされていたのです。

 

そのときD様は、取引されているある外資系金融機関の担当者より、以下のような提案を受けました。

 

発行体:Barclays Bank Plc

通貨 :ユーロ建て

種類 :永久劣後債

クーポン:4.75%

繰上償還(判定)日:2020年3月15日

 

永久劣後債といっても、繰上償還予定日が設定されており、繰上償還がされるのであれば価格は償還予定日に向けて額面金額に収れんしていきます。また、発行する金融機関が破綻しない限りは、債券としての性質上適正な利回り水準、つまり平常時の価格に戻ることが期待できます。ここが絶対評価の株式と根本的な違いです。D様は2012年に、上記債券を単価約60前後で提案を受けました。

 

[図表1]

『Bloomberg』のデータより作成
『Bloomberg』のデータより作成

 

D様は運用資産のほとんどを海外の金融機関に分散して預け、一任勘定契約でポートフォリオ運用されています。個別商品を単独で大きく取引することはめったにありませんでした。

 

しかしこのときD様は、Barclaysという巨大な金融機関が実際に破綻する可能性とその際に失うであろう金額、さらに破綻しなければ期待できるリターンと、今の危機状況が収束していくだろう時間を総合的に考えたといいます。そして個別案件に投資しないというスタンスを崩し、このときばかりは500万ドル相当もの大きな投資をすぐに決めたのです。そのあとの結果は上記チャートをご覧の通り、欧州債務危機の終息とともに債券の価格は2014年には90台を回復、保有期間約2年強で大きな投資成果をあげました。

 

 まとめ 

 

今回のD様のディールは、以下のようなポイントを押さえたことが功を奏しました。

 

① 市場が総悲観のなかで、もしその状況が収束したら利益の上がる確度の高いものを選ぶ

② 確度が高いことを、理屈で説明できるものを選ぶ

③ 最大損失と最大リターンを実額で考えて実現可能性を判断する

 

富裕層の運用商品として、今や劣後債などの債券はポピュラーなものになっていますが、金融機関の株価が大きく下がるような局面では、債券であっても大きく値を下げることがあります。投資を検討する際には、発行体の見極めや早期償還条項の内容をよく吟味する必要はありますが、投資の好機だと思っていても株式に投資をするには躊躇してしまう場合に、注目してみてもよいかもしれません。

 

もちろん本当に投資の好機であったかは、あとからになってみなければわかりません。

 

冷え込んだ心理とバリエーションの低下でパニックに陥った投資家が投げ売りに走り、市場に掘り出し物を生み出しているときに買う——。投資の秘訣をこう述べることができるとしたら、市場の大きなサイクル的な動きのなかで、冷静に投資対象を見ることが、資産運用を成功させる大きなポイントといえそうです。

 

 

山口 聰

ペレグリン・ウェルス・サービシズ株式会社

代表取締役

 

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