資産を保有することはリスクと向き合うこと
資産防衛のための効果的な資産運用を検討する際には、様々なリスクと向き合っていく必要があります。
筆者の経験では、往々にして不必要にリスクを取り過ぎているケースが多いのではないか、という印象です。なかには、リスクそのものを避けるために資産運用を行っていないケースもあります。
資産運用をしない理由は人それぞれですが、資産防衛という観点では、何もしないこと自体が、手立てを打てずに資産を何らかのリスクにさらしている状態だと考えられます。資産を保有することは、何らかのリスクに向き合うことに他なりません。だからリスクをしっかり把握する視点が重要になります。
今回は、若くして老舗企業を継いだ3代目社長であるO様が、将来に向けて大切に守っていかなければならない資産をどのような考えで運用したか、そのユニークな発想をご紹介します。
ポイントは、減らすわけにはいかない資産に対し、取ることができるリスクから逆引きの発想で運用手法を考えた点にあります。
取れるリスクから組成した仕組債
O様は、先代の急逝に伴い、40歳手前の若さで事業を引き継ぎました。その際に、事業資産や生活資産とは別に、約2億円の金融資産を相続し、将来の万一に備えた余剰資金として保有されていました。
一部は取引銀行との付き合いで、複数の金融機関から投資信託などを購入していましたが、そのうちの1億円については、「当面使う予定がない資金なので、ある程度長い期間固定しても構わない。損失が出ることはもちろん極力避けたいが、為替リスクのない円建ての運用で相談に乗ってほしい」と依頼がありました。
続けてO様からは次のようなお話がありました。
「実は自分は、投資信託はあまり好きではない。為替リスクを取らずに円での運用なら仕組債を使うのがよいと思うが、自分のなかでは取れるリスクが決まっている。そのリスクをうまく商品化できるだろうか」と。
聞けば、「自分は、日経平均株価が向こう5年間ほどの期間中に、ある一定水準以下になることはないだろうと考えている。逆にその水準以下に下落することがあれば、損失は受け入れるしそのリスクは取ることができる。だから、その水準を元本リスクのトリガー(ノックイン水準)とする株価連動債を作ってほしい」というものでした。
その水準の考え方は、以下の通りでした。
「今の(2015年1月当時)日経平均採用銘柄の一株利益は約1,100円で、日経平均株価は17,500円。PERでは16倍というところ。
今のところ当面は増益見通しだが、仮に利益が同水準で推移したとする。
今までほぼ見たことはないが、想定下落幅はPERが10倍になる水準まで株価が下がることはまず想像しにくい。すると1,100円×10倍で日経平均株価は11,000円。さらにここから30%減益となったとすれば一株利益770円の10倍で日経平均株価は7,700円。ここが自分の考える先行きの下限になる」
つまりO様は、この水準を元本リスクのトリガー(ノックイン水準)にして、想定する日経平均株価の下限を最初に決め、そこから条件を逆算し、仕組債を作ってほしいと依頼をされたのです。
日経平均株価が17,500円のときに、7,700円といえば約45%の水準です。
このような株価指数連動型の仕組債では、年限にもよりますが、一般的にはノックイン水準は70%から60%あたりの水準で設定することが多いです。当然ノックイン水準が低ければ低いほど元本リスクの可能性は低くなるので投資商品としての期待リターンは低くなります。
またノックイン水準を低く設定しようとすると、リスクが低すぎる(と市場は見ているため)ためリターンが出せない、つまり仕組債として組成できないケースがあります。
さらに仕組債を組成する発行体によっては、50%以下の低い水準ではそもそも受けないといったケースもまれにあります。
今回のケースではお客様と条件の打合せを行い、細かな要望を反映させながら、米国S&P500指数と欧州ユーロストックス50指数も加えた3指数参照型にした以下のような仕上がりとなりました。
●商品名:複数指数参照型変動利付指数連動債
●発行体:Barclays Bank PLC
●償還期限:5年
●参照指数:日経平均株価、S&P500、ユーロストックス50
●利払い日:年4回
●クーポン:6.35% or 0.1%(デジタル判定型)
●クーポン判定価:各当初価格の80%
●ノックイン判定価格:各当初価格の45%
●早期償還判定価格:各当初価格の110%
商品は一見すると複雑に見えますが、O様の主張は「5年という長期間資金を固定してもよいので、リスクが顕在化する水準を自分で導いた極力低い価格に設定してほしい」という一点につきます。
その水準が、当時では日経平均株価7,700円だったわけです。7,700円の水準にノックインリスクを設定した商品で仮に年率5%で運用できれば、自分にとっては十分な運用条件だ、という発想で運用に至りました。
まとめ
いかがでしょうか。
株価指数は市場全体の動きを表すため、長期的に見て企業業績の動きと対比させやすく、株価指数連動債はリスクに対してリターンのバランスがよい傾向にあります。そのため富裕層の資産運用では、このような株価指数連動債はポピュラーになっています。
もちろん、過去に日経平均株価など株価指数も短期間で大きく下落した局面があるので、投資商品として必ずしも安全というわけではありません。
しかしO様のように、株価水準の見通しに幅を持たせて想定することができるため、「ここまでは下落する可能性は少ないだろう」という水準を自分で決めることができるのです。
O様の発想のポイントは以下の通りです。
①株価指数の見通しを検討するにあたって、業績全体の見通しとPERに広い幅を持たせて想定した
②当面の株価指数の最大下落幅を、PER10倍かつ30%減益の水準で設定した(2015年当時)
③株価指数の最大下落幅を想定してから運用手段を検討した
④使用使途のない資金は思い切って数年以上固定化するリスクを取ることでリターンの向上化を狙った
⑤自分が納得して取れるリスクを株価指数の下落幅として数値で捉えた
⑥インカムゲイン狙いの仕組債をうまく活用することで日々の運用管理を簡素化した
このように、O様は資産運用において、取るリスクを数字で明確に把握することで、自分に適した運用方法を確立されています。これは多くの富裕層の資産運用に共通していることです。