本記事では、トレーダーのAIへの置き換えを進める、大手投資銀行の事例を取り上げます。

600人いたトレーダーがわずか2人に!?

トレーダーが、アメリカでは次々とAIに置き換えられています。ゴールドマン・サックスもそうでした。ここでは数値的な事実だけ掲載します。

 

●2000年には600人のトレーダーがいたが、2017年1月現在ではわずか2人

 

●日々の取引作業は200人のITエンジニアの運用するロボットトレーダーが実施

 

このような事例はゴールドマン・サックスだけではなく、欧米では一般的になりつつあります。イギリスの調査会社Coalitionによれば、株式取引の45%の収益は電子取引によるものだそうです。

 

ゴールドマン・サックスクラスの投資銀行の営業・取引・研究部門の平均年俸は約50万ドルとの試算が出ています。単純計算すれば、ゴールドマン・サックスでは2.5億ドル以上の人件費削減ができたことになります。

株式取引だけでなく、為替取引もAIへの置き換えが進展

トレーダーのAI化は株式取引にとどまりません。為替取引もAIに置き換えられつつあります。

 

ゴールドマン・サックスのマーティン・チャベスCFOによれば、「4人のトレーダーを1人のITエンジニアに置き換えられる」とのことです。

 

ちなみにゴールドマン・サックスでは現在、総従業員数の3分の1に相当する9000人がITエンジニアなのだそうです。

 

トレーダーだけではありません。チャベスCFOは営業や接客など人的スキルが大きな割合を占める業務も、今後はAIで自動化していくと予想しており、投資銀行も対応することが望まれると言っています。

市場や経済全体の動きを勘案、値動きを予想して売買

トレーダーの仕事を単純に分かりやすく説明します。過去の値動きと市場や経済全体の動きを勘案して、今後値上がりするか値下がりするかを予想し、上がると思えば買い、下がると思えば売ります。

 

こう書くと簡単そうですが、予想することがまず難しく、最も利益が上がるタイミングを見極めるのもかなり難しいことです。このあたりは一度でも株の売買をしたことがある人は分かることでしょう。

株の売買は、他人の心理を読み合う「心理戦」

株式運用、特にトレーダーに求められがちな短期的な運用が難しいのは、自分が良いと思った会社の株を買うのではなく、他人が良いと思うであろう会社の株を買わないと利益が出ないということです(売る場合はこの反対)。

 

要するに他人の心理を読み合う「心理戦」になるわけですが、それに正解はありません。実際、マーケットを見ていると、仕手戦など人為的な市場介入もないのに、新製品発表などの材料もなく業績も良くない会社の株が、突然値上がりすることがよくあります。

 

もちろん多くの人が良いと思う会社はありますが、その会社の株はすでに高値なので、大きな利益を出そうとすると運用資金も莫大になります。

有能なトレーダーの行動は、AIが最も得意な分野

とはいえ、実際に高いリターンを出しているトレーダーはいます。

 

一つは、情報収集能力と分析能力が高いトレーダーです。これはやや長期的なスパンでリターンを上げるタイプです。

 

もう一つは、経験的に売買のパターンをよく知っているトレーダーです。要するに株価チャートの読みが鋭いということです。簡単な例だと、大きく値下がりしたあとは反発して大きな値上がりをすることが多いので、なるべく底値に近いところで買って、上がったところですぐ売るといったパターンです。こちらは短期的なスパンでリターンを上げるタイプです。

 

これらは、どちらもAIの得意分野です。情報収集と分析に関しては、人間よりもAIのほうがはるかに大量のデータを素早く処理できます。

 

株価チャートの読みに関しても、機械学習(特にディープラーニング)が最も活用できる分野です。既存のパターンを学習させることは難しくありませんし、人間が気づかなかったパターンをディープラーニングで見つけ出すこともあるでしょう。

 

現にゴールドマン・サックスでは、ロボットトレーダーに人間のトレーダーがすることをできる限り模倣させているといいます。

全トレーダーをAIに置き換えても100%の予想は不可能

なお、株式市場は心理戦になると書きました。そのため、いくらデータを集めても、株価が上がるかどうかさえ100%の予想はできません。

 

これは、仮にすべてがAIのトレーダーに置き換わったとしても同じことです。運用成績を上げようと思ったら、ほかのロボットトレーダーを出し抜く必要があるので、ほかの動きを先読みするようなアルゴリズム(問題を解く一定の手順)を組み込むことになります。

 

将来的にはAI自身がAIのアルゴリズムを作成できるようになるといわれていますが、そうなったとしても同じことです。特定用途のAIには「心」はないかもしれませんが、心があるかのような読み合いをして、AI同士のいたちごっこになってしまうでしょう。

 

実際に現時点でも、アルゴリズムの優れたロボットトレーダーが、自分より劣るロボットトレーダーの利益を奪い取っていくようなことも起こっています。

人間には不可能なスピードで利益を出す「高頻度取引」

HFT(High Frequency Trading、高頻度取引)とは、1000分の1秒以下といった極めて短い時間で自動的に株の売買をすることです。人間のトレーダーには不可能なことで、ロボットトレーダーの独壇場になります。

 

HFTでは、小さな株価の動きに反応して小さな利益を出し、それを何度も繰り返すことで利益を積み上げていきます。一つひとつの取引は少額でリスクは小さく、また利益が出る確率が極めて高い取引しか実行しないので、高い確率で利益が出ます。

 

2012年の段階でアメリカでは全株取引の6割以上、日本では東京証券取引所での取引の3、4割はHFTだと推測されています。

AI同士の性能競争となり「利益の確実性」は低く・・・

HFTに対する専門家の意見はまちまちです。例えば、株価の変動性を高めているとする人もいれば、逆に価格変動を抑えているという人もいます。規制すべきかどうかについても意見が分かれています。

 

HFTについてはほぼ確実に利益が出るということが不公平だと批判されていたのですが、今ではロボットトレーダー同士の性能競争になっていて、確実に利益が出るとは言い難くなっています。

 

また2010年5月にアメリカ株式市場で起きた「フラッシュクラッシュ」(ニューヨークダウ平均がわずか数分間で1000ドル下落した事件)の原因がHFTだといわれて批判を浴びました。これについても現在では値幅制限があるのでここまで下落しないことと、下落しても30分ぐらいしか続かずまたもとに戻ることなどから、あまり問題視されなくなっていると感じています。

 

人間側にも対応力がつき、流れを読んで便乗するトレーダーも出てきました。

AIトレーダーの活用で、約2.5億ドルもの人件費削減に

トレーディング業務でのAI活用について見てきました。ここで全体を振り返っておきましょう。

 

①大量のトレーダーがAIに置き換わっている

 

ゴールドマン・サックスでは2000年に600人いた人間のトレーダーのほとんどがロボットトレーダーに置き換わり、2017年では2人だけとなりました。これにより単純計算で2.5億ドル以上の人件費削減ができたといえます。

情報収集において、人間をはるかに凌駕する能力を発揮

②成績のいいトレーダーの手法はAIの得意分野

 

成績のいいトレーダーは長期的運用では情報収集と分析、短期的運用では取引パターンの解析が得意ですが、AIにとってもこれらは得意分野で、人間をはるかに凌駕する能力を発揮することができます。

 

③タイミングよく売買することについては桁違いにAIが強い

 

AIは1000分の1秒以下で取引を実行することができ、人間には不可能な頻度で細かくポジションを確定して、確実に利益を積み重ねていきます。

 

トレーディングでは、今まで人間ができなかったことがAIによってできるようになり、同時に人件費削減によるコストダウンも実現し、サービスレベルが向上したといえるでしょう。

 

 

長谷川 貴博

株式会社オメガ・パートナーズ 代表取締役社長

 

本連載は、2017年12月18日刊行の書籍『AI化する銀行』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

AI化する銀行

AI化する銀行

長谷川 貴博

幻冬舎メディアコンサルティング

AIの導入によって日本の銀行が、そして銀行員の働き方が劇的に変化します。単純作業は真っ先にAIに切り替わり、早いスピードと高い精度で大量の業務がさばかれていきます。さらに、属人的な業務でさえも、AIが膨大なデータから…

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