赤字会社に必要なのは「発想の転換」
赤字会社でも債務を消して事業を継続し、経営者や従業員の生活を守ることができるなどというと、長年厳しい現実と向き合いながら会社を経営されてきた方からは、驚きの声が上がります。そんなことができれば、破産して夜逃げする人はいないのではないかと思う方もいるでしょう。
20年以上にわたって、法律の専門家として、特に企業法務のエキスパートとして会社の清算や事業再生のお手伝いをさせていただいた経験から断言できるのですが、きちんとした法的処理を行えば、これまでの債務を整理して、今の泥沼のような状態からきれいに脱することは、決して不可能ではないのです。
そのために必要な第一歩は、会社経営に関する発想の転換です。
おそらく赤字に苦しむ経営者の方々は、回復の見通しがつかない財務状況を見つめては、ため息をついていることでしょう。
いったいどうしたら黒字に転換できるか、もしくはどうすれば、赤字幅を少しでも縮小していけるのか、経営陣や幹部従業員とともにさまざまな解決策を講じているかもしれません。
けれども、人口構造の変化や中小企業のおかれた状況を考えると、よほど全社的な事業革新にでも踏み出さない限り、赤字体質を転換していくのは難しいことではないでしょうか。財務状況にゆとりがなければ、技術革新や設備投資のために資金を捻出することも困難です。
つまり、どんなに有能な経営陣が頭を捻っても、ジリ貧状態から劇的に脱却できる可能性は、残念ながら小さいのです。
そこで、先に述べた「発想の転換」が必要となります。赤字会社の場合、赤字という会社のネガティブな部分にばかり目をやっていると、会社そのものの魅力が見えなくなってしまいます。
人をみるときに短所ばかり気にしていると、その人の長所が見えなくなって、人間全体が嫌いになってしまうのと同じことです。
つまり、会社の悪いところからいったん目をそらして、よいところを見つけようとすることが大事なのです。
自分の会社に眠る「ダイヤの原石」を見つけられるか
まず自分の会社は本当にダメな会社なのか、じっくりと分析してみましょう。そのためには、会社に人知れず眠っている価値を探し出すところからはじめなければなりません。
どんな会社でも、長年事業を続けてきたからには、他社にはない魅力や独自性が備わっているはずです。
筆者はこれを、「ダイヤの原石」と考えています。原石ですから、外から見ただけではその価値になかなか気づく人はいないのですが、ひとたびその石の持つ魅力に注目して磨きをかければ、驚くほどの輝きを放って他を圧倒することができるのです。
ダイヤの原石を見つけるために、まずチェックすべきなのは、会社の中で利益を上げている事業部門です。一般に赤字会社は、会社全体の収支は赤字でも、全部門が赤字とは限りません。
たとえば、日本の家電メーカーは長期的な不振にあえいでいましたが、だからといってすべての事業部門が赤字だったわけではありません。
大手電機企業のパナソニックは、巨額赤字決算に苦しんでいる間にも住宅関連や自動車・電子部門関連は好調に業績を伸ばしていました。これを回復傾向に転じたのは、こうした事業部ごとの組織や意識の改革が功を奏した結果だと見られています。
中小企業でも同じです。むしろ規模が小さい分、事業部門ごとの分析や見直しは図りやすいともいえるでしょう。
製造部門、卸売部門、小売部門や営業部門などの事業部門ごとの収支を分析して、もしくは地域ごと、営業所ごとの売上げやコストを比較するなどして、利益の上がっている事業部門を割り出します。
より規模の小さい会社で事業がひとつの場合には、事業の中身を細分化して分析します。たとえば、部品製造に特化した会社の場合でも、取引先や生産ラインごとに区分けして、より小さな単位で採算をチェックします。
すると多くの場合、赤字会社の中でも採算がプラスになる部門が見つかります。これが会社のダイヤの原石です。
もちろん、黒字の部門が見つからない場合もあるでしょう。どこをどう切り分けても赤字部門ばかり、という会社の場合には、どうしたらよいのでしょうか。
すべての事業が赤字だからといって、あきらめてはいけません。ダイヤの原石はどこかに眠っているはずです。
設備、ネットワークなど事業自体が持つ価値を見つける
次に数字を度外視した事業自体が持つ価値を分析します。それには、会社全体や事業部門の収支が黒字/赤字にかかわらず、他社から見て魅力的な事業部門がないか、ということに目を向けていきましょう。
事業自体が持つ価値といっても具体的にどのようなものか想像がつきにくいので、実際に私が担当した会社の事例を紹介します。
筆者が担当したその会社は食品加工業を営んでおり、売上高が約2億円ありました。しかし近年、原材料費やエネルギーコストの高騰や、経営者の高齢化による売上げの減少によって負債がどんどん膨らんでいました。ついに負債総額は約2億円に達し、資金繰りに窮して破産のご相談に来られました。
私は速やかに会社の破産の手続を進めました。同時に、会社の連帯保証人となっていた
経営者自身も破産することで、債務を清算し身ぎれいになりました。経営者はすでに
70代でしたので引退し、夫婦ふたりの穏やかな生活を開始することができました。
一方、事業自体は、顧客であり、年商50億円で負債の少ない優良食品加工業社に事業譲
渡することにし、従業員の生活や取引先の仕事を守ったのです。
この事業譲渡は、買い手にとっても大きなメリットがあります。以前から仕入れていた
その会社の製品が確保できただけでなく、工場+設備+人材というダイヤの原石を手に入
れることができたのです。
このケースの事業譲渡代金は、工場の土地建物と、移転する製造機械の時価を基準に定
め約8000万円でした。
もうひとつは、異業種の買い手が見つかった例です。
岐阜にあったある木材加工工場は、繊維メーカーに買収されて、繊維加工工場へと変身
しました。なぜこの繊維メーカーは、わざわざ業種の異なる木材加工工場を買って繊維加
工工場に変えるという労力とコストをかけてまで、そこに工場をつくりたかったのでしょ
うか。
それは、繊維メーカーにとって、その工場の立地がとてもよかったからです。たんに交
通の便がよいというだけでなく、その繊維メーカーが持つ他の設備からも近く、移動コス
トが最小限に抑えられるというメリットがあったのです。
どんなによい設備があっても、買い手からあまりに離れた地域では、購入後の交通費や
移動時間によるコストが上昇してしまいますから、買い手からみた価値は低くなります。
しかし、この事例のように、たとえ多少の初期投資が必要でも、その後のコストをカバー
できれば、それだけ魅力的な物件と考えられるわけです。もうひとつ、工場そのものの持つ価値があります。
また、工場を一からつくるためには実に多くの手間がかかります。工場に適した土地探
しからはじまって、必要な免許取得などの手続に加え、近隣住民への説明など、乗り越えなくてはならないハードルがたくさんあります。
その点、すでに工場として稼働している施設があれば、それを転用するだけですから、手間もコストも抑えられます。このため、たとえ用途がまったく異なる工場だとしても、買い手にとってはダイヤの原石となるわけです。
運送業や薬局など「許認可事業」も他社にとって魅力的
さらに、開業するのに認可が必要な許認可事業も、買収すれば許認可取得の手間が省けるので、他社からみれば大きなダイヤの原石ということになります。具体的には薬局や病院・診療所、介護施設、運送業などが挙げられます。
ちなみに、産業廃棄物最終処理場も、いうまでもなく許認可事業ですが、残容量がある限り、その容量に応じて価値があります。こちらは原石というよりすでに高値で売買されるダイヤの範疇に入るでしょう。
なぜなら、産業廃棄物最終処理場の建設には、用地を決めてから許認可を取得して稼働するまでに数年もかかるため、誰から見ても残容量に応じた価値があることは明らかで、高値がつくことに間違いないからです。
また、買い手をつけることができる許認可事業のひとつに、運送業があります。
実は運送業の場合、インターネット通販や大手運送業との競争が激化しているために、地方の中小運送業者は苦境に立たされ廃業を考えているところも多いのです。また製造業の海外移転が進んでBtoBの配送需要が減少すれば、地方運送業者には大打撃です。
そうした赤字の運送会社は、自分の会社にダイヤの原石が眠っているとは考えもしません。
けれども、運送業は許認可が必要ですし、車庫や営業所、運転者や整備管理技術者といった人材も抱えています。企業にとっては、一からつくることを考えれば、地方の運送業者の持つ設備やネットワークは垂すい涎ぜんの的なのです。
さらに運送業の場合、エリアの魅力もあります。
たとえば、名古屋に本社がある会社が、金沢に大きな取引先ができたとしましょう。急きょ金沢に支店を設けて運送業の免許の手配をして、営業所や運転手の確保などに動かなくてはなりませんが、それには時間と手間がかかります。
とはいえ、名古屋からいちいち金沢の取引先への対応をしているのでは、コストもかかってしまいます。
このような場合、金沢を中心に運送業を営んでいる会社があれば、その会社またはその会社の運送事業部を購入することがもっとも有望な手立てとなるわけです。
この場合、たとえその運送会社が赤字であっても、運送業の事業部門を事業譲渡してもらう形をとれば、まったく問題はありません。
運送業のような許認可事業でなくても、エリアの魅力が大きければ「ダイヤの原石」になることは十分可能です。
たとえば東京から名古屋に進出したいと考えたときには、新たに店舗をつくるよりも、すでに営業している店舗を探して買収し、そこを拠点にはじめるのがコスト的にも賢明なやり方です。たとえ現在その店舗が赤字だったとしても、立地条件などさえクリアできれば、買い手にとっては非常に魅力的な買い物となるわけです。