前回に引き続き、ロシア・ビジネス特有の事情を見ていきましょう。今回は、複雑な取引ストラクチャー、財務関連書面等について詳しく説明します。※本連載は、長年にわたりモスクワにおいて日本企業のロシア・ビジネスを支援してきた弁護士・松嶋希会氏の著書、『ロシア・ビジネスとロシア法』(商事法務)の中から一部を抜粋し、「ロシア・ビジネス」の基礎知識を詳しく説明します。

一取引に多くの会社が関与するケースも

前回は、ロシア・ビジネス特有の「複雑な企業グループ」について説明した。複雑な企業グループに付随する問題は、複雑な取引ストラクチャーである。一つの取引に多くの会社が関与する例が見受けられる。契約上の買主とは異なる会社が商品を受け取る例や、仲介会社が複数関与する例、決済が支払代行会社により行われる例、または、支払いがオフショア銀行からなされる、振込先にオフショア銀行が指定される例などがある。

 

企業グループ内で役割を分担しているので、一取引に複数会社が関与することはやむを得ない場合もある。

 

また、ロシアでは、ロシア企業と外国企業との決済につき外国為替法が適用されるので、当該適用を避けるために、ロシア外の第三者から支払いがされたり、ロシア外の第三者に支払いをするよう指示されることもある。

 

一方で、架空取引や文書偽造を絡めて脱税するために、複数の空の会社を取引に関与させている場合があることは想像に難くない。ロシア当局は、かかる空の会社を脱税スキームの主要プレイヤーとして注視している。

財務関連書面」による取引相手の財務状況把握は困難

ロシア政府は、ロシア企業の財務諸表情報の公開を進めているが、財務諸表の内容の評価は難しい。

 

上述の複雑な企業グループ・複雑な取引ストラクチャーが示すとおり、複数の会社により一つの事業を行っているので、企業グループ内の一社の財務情報だけでは、取引相手・取引相手の企業グループの財務体力や、事業全体の採算性が分かりづらい。

 

また、「節税」のために、当局に提出する財務諸表には利益を過少に記載している場合も多く、財務諸表から正確な財務状況を知ることは難しい。

 

グループ企業は、通常、グループ全体の収益を「マネジメント・アカウント」により素の数字で管理しており、買収などの際の財務デューデリジェンスでは「マネジメント・アカウント」のレビューが重要となる。

 

「このロシア企業は財務諸表につき会計監査を受けているから大丈夫である」とのコメントを聞くことがある。会計監査は、会社の財務状況が会計基準に基づき適正に財務諸表に表されているかを検証するものであり、その過程で、不自然な取引が判明する可能性はある。

 

しかし、架空取引は、書面上は正当な取引を装っており、会計監査がこのカラクリを暴くことができない場合もあり、また、会計監査はかかる取引を発見することを目的としているわけではない。

 

さらに、ロシアで気をつけなければいけないのは、監査業務はライセンス事業であるが、ライセンスがない会社による監査意見書が見受けられることや、ライセンスを保有する監査法人・監査人であっても、安易に適性意見の監査報告書を出すことがある。したがって、ロシアでは、会計監査が財務諸表の信用性を担保するには限界がある。

不当な目的で設立された「要注意会社」の特徴とは?

ロシア当局は、架空会社・トンネル会社など不当な目的で設立された要注意会社の特徴を、以下のように分析している(2007年5 月30日付連邦租税局令第MM-3-06/333@ 号)。

 

● 取引条件の協議や契約の締結に際し、会社の代表者や責任者が現れない。

 

● 会社の代表者・代理人の権限を証明する書面が提出されない、代表者・代理人の個人証明書面(パスポートなど)が提出されない。

 

● 会社の所在地、倉庫、製造拠点や販売拠点などの所在地に関する情報がない。

 

● 会社情報を取得する方法に関する情報がない(たとえば、マスメディアに広告がない、他のパートナーからの推薦状がない、インターネットサイトがない)。

 

● 法人登記に、会社に関する情報が存在しない。

 

上記のほかに、以下の点も、要注意会社を判断する要素として挙げられている。

 

● 上記のような会社が、「仲介」として取引に関与している。

 

● 取引条件が、一般的な取引慣行の条件と異なる(たとえば、支払いが長期の分割払いである、大口取引にもかかわらず前払いや支払保証がない、契約違反と違反に対する賠償額が釣り合わない、支払いが第三者または手形による)。

 

● 契約を実際に履行できるという証拠がない(たとえば、契約履行に必要とされる生産能力、事業ライセンス、専門人材や資産などを証明する書面が提示されない)、履行期を考慮すると実際の履行が疑わしいと思われる事情がある。

 

● 農業製品など、企業ではなく個人により製造・準備される慣行の商品を、仲介を通して取得している。

 

● 保証・担保なく貸付・借入れをしている(利息がない場合や弁済期が3 年を超える場合、注意度は高い)。

 

ロシア当局は、さらに、要注意会社の兆候をデータベース化し公開し、要注意会社と取引に入らないよう警告している。

ロシア・ビジネスとロシア法

ロシア・ビジネスとロシア法

松嶋 希会

商事法務

長年にわたりモスクワにおいて日本企業のロシア・ビジネスを支援し、ロシア経済の浮沈を経験した筆者が、これまでに培ったM&Aや債権回収などの案件についてのノウハウをまとめたものである。ロシア・ビジネスを始める企業にと…

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