準拠法がどの国だろうと「ロシア法」が関係する事項も
日本企業がロシア企業と契約する場合、ロシア以外の国の法律、たとえばイギリス法を準拠法として契約を締結することが多いが、準拠法がどの国の法律かに関係なく、ロシア法が関係する事項がある。
今回からは、日本企業とロシア企業の契約を念頭に、いくつか留意点を取り上げる。ロシア企業のみがリスクを負う点もあるが、ロシア企業との円滑な協議、ビジネスの安定的継続のためにロシア企業側の事情を理解しておくことは有益であり、本連載に含めて紹介する。
ロシア企業側が担保や保証を提供する場合の契約については、第3章「ロシア企業への取引債権を保全する」で、ロシア企業を買収する場合やロシア企業と合弁事業を行う場合の契約については、第4章◇4「既存会社・既存事業の買収」および◇5「合弁会社(ジョイント・ベンチャー)」で取り上げている。また、日本企業が、自社従業員をロシアに派遣する場合の契約構成については、第7章「ロシアに日本人を派遣する」で別途取り上げている(詳しくは本書籍を参照)。
どこの会社の誰なのかを「明確に名乗らない」!?
ロシア側として交渉している人物が、名刺を出さなかったり、どの会社の誰なのか明確に名乗らない場合がある。実質的なビジネス・オーナーとされるものの、契約当事者となる会社の社長でも出資者でもない場合もある。
最終的にロシア企業として契約書に署名する者は、ロシア企業の名において取引をする権限を有する者でなければならない。それは会社の代表者か代理人であり、ロシア・ビジネスで使われる契約書には、代表権・代理権の根拠文書(委任状情報など)が明記されることが多い。
⑴ 会社の代表者
ロシア企業の代表権限を有する者は、「単独執行機関」という会社機関である(民法40条)。法人登記上は「委任状なく会社の名において行為をすることができる者」と表記されている。
ロシア会社法上、代表者が会社の名において取引をするにつき、法律や定款などにより会社機関の承認が要請されている場合がある。必要な機関承認を得ていなかった場合や、代表者と名乗る者が実は代表者ではなかった場合、ロシア企業が取引の無効を主張してくる恐れがある。
ロシア裁判所は、近年、取引の安全を保護するため、代表権限がなかった場合や制限されていた場合でも取引の有効性を認める立場をとっている。しかし、ロシア裁判所で争われるとも限らず、また、無用な争いを避けるため、可能な限り調査をすることが望ましい。
ロシア有限責任会社X社と契約する際、X社の代表者だと名乗るA氏が契約書に署名をする場合、A氏の権限を確実に確認する手順は、次のようになる。
代表者の確認:X会社の代表者は誰なのか確かめるために、最新の法人登記簿謄本の提示を求め、「委任状なく会社の名において行為がすることができる者」の欄を確認する。法人登記簿には任期満了時期が記載されていないので、任期が満了してすでに別の者が代表者であることがある。現在、ロシア法上、原則として、法人登記簿記載の者を代表者と考えれば足りるが(民法51条2 項)、念のため確認するのであれば、定款で任期を確認し任命決議書で任期満了時期を確定することになる。
本人性の確認:A氏だと名乗る者が本当にA氏なのか確かめるために、パスポートの提示を求め確認する。パスポートを盗み偽造している場合もあり、パスポートが無効化されていないか確かめるために、内務省が公開する無効パスポート情報を検索する(第1章◇3 ⒂「パスポートの失効」を参照)。ロシア当局がかかる情報を公開していることからすると、パスポートの盗難・偽造が多いことが推測される。
権限の確認:当該取引につき機関承認が必要か確かめるために、定款および直近の財務諸表の提示を求め確認する。社内規則や労働契約書により代表者の権限を制限している場合もあるが、社内規則や労働契約書を社外に提示しないことは相応であるため、通常、社内規則や労働契約書の提示を求めることはない。実際には、定款や財務諸表を熟読しても、承認の要否を明確に知ることは難しい。しかし、かかる書面を確認し検討した事実により、取引の有効性を主張することが可能となる。
コラム:署名権限の確認
ロシア側が、日本側として署名する者の代表権・代理権を確認するために、日本側にも最新の登記簿謄本、最新の定款、直近の財務諸表、委任状やパスポートの提示を求めてくることがある。従前のロシア・ビジネスの慣習によるところもあるが、ロシア企業の税務当局対策によるところもある。
ロシア企業は、取引相手の選定にあたり、取引相手につき相当の注意をもって調べる義務があり、当該義務を怠ったことで、取引相手との取引が架空取引とみなされ、自社が税務リスクを負う恐れがある。
調査義務の履行として、取引候補企業から、定款、登記証明書、税務登録証、ライセンス証明書や代表者権限を証明する書面の写しなどを取得することが推奨されている(2010年2月11日付連邦租税局意見書第3-7-07/84号)。