今回は、ロシアへの企業進出の際に留意すべき「ロシア独自の制度」について見ていきましょう。※本連載は、長年にわたりモスクワにおいて日本企業のロシア・ビジネスを支援してきた弁護士・松嶋希会氏の著書、『ロシア・ビジネスとロシア法』(商事法務)の中から一部を抜粋し、「ロシア・ビジネス」の基礎知識を詳しく説明します。

企業に関する民事法令は連邦全体で統一されているが…

一定規模のビジネスを行う場合、ロシアに何らかの拠点が必要となってくる。販売であれば、ロシア企業を販売店や代理店に指定して一種の拠点とすることがあるが、ビジネスをより近くで管理するとなると、やはり自社拠点が好ましい。新たに拠点を設置するほか、既存のビジネスを買収して拠点とすることもある。また、拠点運営を自社のみで行うことも、合弁会社においてロシア・パートナーの協力を得て行うこともある。

 

ロシアに拠点を置いて活動する場合、ロシア会社(法人)、外国会社の支店・駐在員事務所の形態が考えられる。

 

会社や企業活動に関する民事法令は、連邦レベルで統一された法令が制定されている。したがって、連邦構成主体(たとえば、モスクワ市、モスクワ州、タタルスタン共和国、サハリン州)により会社法制が異なるということはない。ただし、各地の国家当局や公証人が関与する法律の執行段階では、内部ルールや、担当者・公証人の個人ルールが散見され一様ではない。

 

⑴ 会社

 

外国資本の会社であっても、原則、内国資本の会社と同様に扱われ、特別な会社形態、設立手続や許認可制度は存在しない。

 

ただし、ロシア政府により国策上重要と認定されている産業(資源開発、軍需、メディア、鉄道事業等)において活動する会社に、外国会社が一定割合の議決権を取得する場合など、ロシア政府の事前承認や事後通知が要請され、この点は、内国資本会社とは異なる(戦略産業法6条)。

 

サービス業、小売業などの一般ビジネスに対する外資規制はない。また、外国資本が49%超の会社は中小企業とは認定されず、中小企業向けの様々な優遇を受けることはできない(中小企業法4条1.1項1号⒜)。

 

外国企業が設立するロシア子会社の形態としては、株式会社や有限責任会社が検討され、上場を予定しているのでなければ、有限責任会社が選択されている。

 

ロシア会社への出資は、日本の本社からではなく、イギリスやドイツに所在する欧州統括会社などから出される場合がある。どの国から出資するかは、個々の会社の事業割や、出資会社の登記国とロシアとの間の租税優遇などが考慮される。

 

また、出資者1名によりロシア会社を設立する場合、当該出資者の出資者が1名であること(一人会社による一人会社の設立)は認められない点も考慮される。

 

実務上、一人会社による一人会社が有効に登記される場合があるが、会社設立後に、特に登記や定款を変更する際に問題視され変更が拒否されると事業に支障をきたすので、一人会社による一人会社の設立は避けることが望ましい。

 

たとえば、日本本社の100%子会社がイギリスにある場合、このイギリス子会社がロシアに100%子会社を設立することは認められず、ロシア会社にはイギリス会社が90%、日本本社が10%出資するといったようなストラクチャーを考えなければならない。

 

ロシア会社は出資会社とは別個独立した法人のため、ロシア会社が負う債務・責任は原則として出資会社には及ばない(例外的に出資会社に及ぶ場合については、第5章◇5「出資者の責任」を参照)。ロシア会社への資金援助は、別法人への資金提供となるため、法務上、税務上、注意を要する(第5章◇2⑵「親会社からの資金調達」を参照)。

 

⑵ 支店

 

支店は、原則として、会社同様の事業活動ができる。事業ライセンスの取得も可能であるが、実務上、ロシア会社による取得と比較し手続が煩雑である。

 

支店は、外国会社の一組織であるため、外国会社が取得することができない事業ライセンスは取得できず、外国会社による所有が認められない農業用地などの土地を取得することはできない点で、ロシア会社と比較し事業活動が限られる。

 

また、支店による輸入・通関も、実務上、ロシア会社による場合より限られ、支店形態での進出は、輸入販売を伴わないサービス業において利用されることが多い。

 

支店は外国の本店と同一法人であるため、ロシア支店に発生した債務・責任は、当該法人が負う。本店から支店への運転資金の提供は、同一法人内の資金移動であるため、ロシア子会社への資金提供より簡易である。

 

ロシア外国為替法上、外国会社の支店は非居住者に該当するため、ロシア会社などの居住者に対する規制は適用されない。

駐在員事務所の活動は連絡調整等が主体に

⑶ 駐在員事務所

 

駐在員事務所の活動は会社や支店に比較し狭く、民事法上、商業活動(収益活動)に従事することは認められていない(民法55条1項)。連絡調整、情報収集や市場調査といった活動が想定されている。

 

ロシアに開設する駐在員事務所を日本本社の事務所とするかイギリスやドイツなどに所在する会社の事務所にするかを決めるにあたり、社内のビジネス・ラインのほか、実際の予定活動が考慮される場合がある。

 

たとえば、イギリス子会社の駐在員事務所が、主に日本本社によるロシア・ビジネスに関して活動する場合、恒久的施設いわゆPE(Permanent Establishment)と認定され、当該活動に関してロシアにおいて納税する義務を負うリスクがあるためである。

 

駐在員事務所は外国の本店と同一法人である点で、支店同様の扱いとなる。

 

⑷ 運営事務・行政監査

 

ロシア・ビジネスについては、一般的に多くの書面が要請される。民事法令上、書面がなくとも問題がない場合でも、税務・会計・労務上、書面が要請されることがある。そのため、ロシアで拠点を維持・運営するための事務作業量は膨らみ、費用がかさむと云われる。

 

労務関連作業は拠点形態によって異なることはなく、雇用人数が多ければ作業量も多くなる。

 

概して、会社形態のビジネスは事業規模が大きくなるため、書面作業も多くなる。会社では、年次財務諸表を作成し管轄税務署や国家統計局に提出しなくてはならず(会計法6条1項、18条、税法23条1項5号)、資金の授受には、会社法、税法や外国為替法の要請により、特定書面を整備し、または、特定手続を経なければならない。

 

支店や駐在員事務所でも、税務申告や年次活動報告書の提出といった一定の事務は発生するが(税法307条8項)、事業・活動は大きくないので、会社と比較すると負担は少ない。ロシア政府は、近時、行政監査の費用対効果の観点から、一律の監査ではなく「Risk-Oriented(取捨選択型)」として、各監督官庁による調査を減らす方針を打ち出している。

 

たとえば、税務調査では、事業規模が小さい場合には調査の可能性は低く、一方で、脱税が疑われる兆候が見られる会社を選定して調査を実施している。もっとも、行政監査の減少により監査対応にかかる時間・手間は減るものの、法令遵守のための事務作業自体が減るわけではない。

 

移民局などの当局による調査は、従業員の告発などにより実施されるほか、前年末に発表される1年計画に基づいても行われる。多くの監督官庁による計画監査は、検察庁が開設している特別なサイトにおいて、社名、登記番号や納税者番号により検索し、確認することができる(行政監査法9条5項)。

 

●Единый Реестр Проверок(調査統一簿)

https://proverki.gov.ru/

 

税務、外国為替、銀行・保険業務などに関する監査は、当該サイトには含まれない。税務調査も当該サイトには含まれないが、連邦租税局は調査対象の選定基準を明らかにしている(2007年5月30日付連邦租税局令第MM-3-06/333@号)。

 

選定基準は、当局が脱税の兆候と考えるものであり、たとえば、財務諸表または税務申告において2暦年以上、損失が認識されている、税務申告において一定期間に多額の損金算入がされている、従業員一人当たりの平均賃金が当該地域の同業事業者の平均賃金より低い、税負担が同業事業者の平均的な税負担を下回っている、採算性が同業事業者の採算性より10%下回っている、管轄税務署が変更されるような住所変更を頻繁に行っている、といった点が挙げられている。

ロシア・ビジネスとロシア法

ロシア・ビジネスとロシア法

松嶋 希会

商事法務

長年にわたりモスクワにおいて日本企業のロシア・ビジネスを支援し、ロシア経済の浮沈を経験した筆者が、これまでに培ったM&Aや債権回収などの案件についてのノウハウをまとめたものである。ロシア・ビジネスを始める企業にと…

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