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後見人の自腹負担も多い!? 成年後見人制度の「お金」問題

今回は、「成年後見人制度」の支出に関する問題について、事例を交えて見ていきましょう。※本連載は、フリーライターである永峰英太郎氏の著書、『認知症の親と「成年後見人」』(ワニ・プラス)から一部を抜粋し、「成年後見人制度」が招いた悲劇について、著者の実体験をもとに紹介します。

父のための成年後見人なのに、父のお金が使えない!?

2014年4月に成年後見人等選任申立てを行ったとき、参与員と呼ばれる非常勤の家庭裁判所職員と面談しました。担当者とのやりとりの中で、私は成年後見人の「役割」について間違った解釈をしていたことに気づきます。

 

成年後見人は、日常生活に関する行為を除くすべての法律行為(財産管理や身上監護)を、本人に代わって行うわけですが、この財産管理について、私は「成年後見人は、正しい理由があれば、家族のためにお金を使ってよい」という意味だと考えていました。例えば、父が「おまえたちが使っていいよ」「これを買ってもいいよ」と言ったときなどです。しかし、それは大きな間違いでした。

 

面談中、こんなやりとりがありました。

 

申立てをするには、父の「財産目録」や「収支状況報告書」の提出が必要で、父のメインバンクの記帳記録のコピーも添えなければいけません。その中で、父の通帳記録に印字されていた「1月○日100万円」の支出について、担当者から内訳の説明を求められたのです。

 

このお金は、私が銀行に直談判して「当面の費用」ということで、やっとの思いで引き出したものです。母の入院費、さらに葬儀費用などに使いました、と答えると、参与員に「では余ったお金は、必ず戻しておいてください」と言われ、さらに「今後、もしあなたが後見人に選任された場合は、このような引き出しは慎重に行う必要があります」と言われました。

 

さらに「必ずお読みください」と書かれた1枚の紙を渡されたのですが、そこには「申立てにかかる費用はすべて、申立人負担になり、本人の財産からは支出できません。すでに本人財産から支出している場合には本人口座に返金してください」と書かれていました。

 

この文句に私は思わず「マジ?」と呟いてしまいました。だって、私が成年後見人になるのは父のためなのですから。それなのに、どうして私自身のお金を出さなければいけないんだろうか、と首をかしげたのです。

 

担当者に聞くと「申立てはご本人の意思ではありませんから」とのこと。父が自分で申し立てていないのだから、申し立てた私の負担だということです。

 

こうしたやりとりを通じて、やっと私は、「成年後見人になれば、本人の財産を家族のためにも使えるようになる」といった考えがまったくの誤りだったことに気づきました。成年後見人の「役目」とは、あくまでも、「本人の財産を守る」ことなのだ、と、この時点で初めて認識したのです。

「今日はおごるよ」という父の言葉に甘えた結果・・・

しかし、その一方で「そうは言っても、本人の意思に基づくことであれば、親のお金が一切使えなくなるわけではないだろう」と考えている節もありました。しかし、これまた大きな間違いでした。

 

母の死後、民間の介護施設に入居した父が少しずつ元気を取り戻したとき、私は姉と「親父がしたいと思うことは、存分にやらせてあげよう」と話し合いました。

 

例えば、父はお酒が大好きなのですが、施設では、ビール一滴飲むことはできません。ですから、父が「ビール飲みたいなあ」と言ったときは、みんなで近くの飲食店に行くようにしていました。

 

そんなある日(2014年8月)のことです。父と私、私の妻、姉夫婦の5人で楽しく食事をしていると、父が「今日は俺がおごるよ」と言ったのです。父の認知症の症状は、腰の圧迫骨折で入院していた頃よりも、だいぶ持ち直しており、普通の会話が成り立つことも多くありました。

 

認知症というのは、ある日突然何もかもわからなくなる、などというものではありません。少しずつ症状が進行することは確かですが、日によってはかなり普通に家族との会話ができるときがあったり、状況を理解して意思をはっきり伝えられるときもあります。

 

父はそのとき、自分の息子や娘の家族と食事を楽しんでいることをもちろん理解しており、「今日の食事代は俺がおごるよ」と言ってくれたのです。「ビール美味しいなあ。おかわり、いい?」とも言っていました。

 

父の「おごるよ」という言葉は、彼の本心だったと思います。そこで私たちは、「じゃあ、今回は甘えるよ」と、父におごってもらうことにして、家族5人分の食事代を父の貯金から支払わせてもらったのです。領収書ももらいました。

 

さて、成年後見人の日々の業務は、本人に代わって「財産管理」と「身上監護」を行うこと。財産管理とは、父の財産の支出と入金をしっかり管理していくことです。

 

そして、基本的に1年に1度、家庭裁判所に報告書を提出しなくてはなりません。私の場合は、成年後見監督人が付いていたため、まずは家庭裁判所から監督人に対して「報告書を提出するように」と命令が下され、監督人から私に連絡が入り、私が報告書を作成し、監督人に提出しました。監督人からOKが出れば、監督人を通じて家庭裁判所に提出されます。

 

金融機関の通帳に印字される水道光熱費や施設利用料などについては、領収書を添える必要はありませんが、ATMなどから引き出したお金については、何のための支出かわからないため、さらに初めての報告書ということもあり、全額分の領収書を添える必要がありました。

 

何度かやりとりを通じて、無事に監督人からはOKをもらったのですが、その後、その監督人から「修正してほしいことがある」という連絡が入りました。それは、父が「俺がおごるよ」と言った5人分の飲食代についてでした。領収書に記載された金額は2万円程度。これについて、家庭裁判所から「これは?」という指摘が入ったのです。

 

飲食代の金額が高いことを指摘されたのかと思ったので、私は監督人に次のような説明をしました。父は認知症のため、お店選びは慎重に行う必要があります。注意力が散漫になっているため、にぎやかな店は避けなければなりませんし、トイレはバリアフリーである必要があります。そうして絞り込んでいくと、どうしても単価がある程度高い店を選ばざるを得ないのです。

 

こうしたことを説明すると監督人は、「家庭裁判所が問題にしているのは、金額ではありません。この金額は、お父様おひとりで使ったものなのかということです」と言います。

本人の意思に基づくことにも、支出を認めない裁判所

私は「父が『今日は俺がおごるよ』と言ってくれたので、その意思を尊重して、家族5人分の金額を記した領収書をもらい、提出しました」と答えました。しかし、監督人が「それを裁判所に認めてもらうのは難しい」と言うではありませんか。結局、領収書の金額を5人で割り、父の分以外を父の口座に戻し、それでOKとなりました。

 

その後、私の成年後見監督人にあらためて当時の話を聞いたところ、「最初は裁判所から、本人が食べた分も含めて全額戻せという話だった」と打ち明けてくれました。「父親が自分の意思でお店に行ったとは考えにくい」ということなのでしょう。しかし、このことについては、監督人が家庭裁判所と掛け合ってくれたため「父親1人分であればOK」となったのだそうです。

 

この出来事があって以降も、父は何度も「俺がおごる」と言ってくれました。しかし、現時点(2018年)では、認知症の症状も進んでおり、そうした言葉はなくなりました。それだけに、父の「俺がおごる」という気持ちは、かなえてあげたかったと、今でも強く思います。

 

 

永峰 英太郎

フリーライター

フリーライター

1969年東京都生まれ。明治大学政治経済学部卒。業界紙・夕刊紙記者、出版社勤務を経て、フリーに。

『「農業」という生き方 ど素人からの就農入門』(アスキー新書)、『日本の職人技』(アスキー新書)、『認知症の親をもつ子どもがいろいろなギモンを専門家に聞きました』(宝島社)、『70歳をすぎた親が元気なうちに読んでおく本・改訂版』(二見書房)など。

著者紹介

連載財産の目減り、横行する不正…問題だらけの「成年後見人制度」

 

認知症の親と「成年後見人」

認知症の親と「成年後見人」

永峰 英太郎

ワニ・プラス

「父は認知症、母は危篤」という大ピンチに、著者は「すぐにお金が必要なのに父親の銀行口座のお金が下ろせない」というさらなるピンチに陥る。その後「定期預金が解約できない」「遺産相続ができない」「施設の契約もできない…

 

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