今回は、家族の成年後見人になったことで被ってしまう不自由さについて考えます。※本連載は、フリーライターである永峰英太郎氏の著書、『認知症の親と「成年後見人」』(ワニ・プラス)から一部を抜粋し、「成年後見人制度」が招いた悲劇について、著者の実体験をもとに紹介します。

亡くなった母の財産を「いらない」と言った父だが…

母が死去すると、父の財産とは別に、母の遺産を相続する必要が出てきました。母が生前仕事でコツコツ貯めた貯金です。

 

以前、まだ元気だった母から「私のお金には一切手を付けていないから、いつか2人(私と姉)で分けなさいね」と言われたときは、本当にびっくりしたものでした。私が結婚したときは、妻に向かって「英太郎(筆者)の代わりに、あなたが受け取りなさいね」と笑いながら話していたこともありました。

 

母の死後、彼女の通帳には、本当に預金引き出しの痕跡が一切なく、それを見たときは、何とも言えない気持ちになりました。これこそが母の「遺言」だったのだと思ったものでした。

 

母の遺産について、父ははっきりと私に「俺はいらない」と言いました。母が子どもたちのためにコツコツ貯金していていたことを、父は覚えていたのだと思います。

 

親が亡くなると、その親が所有していた財産は、配偶者や子どもが相続することになります。この遺産相続は、民法上のルールでは「配偶者と子ども2人」の場合で、配偶者が2分の1、子どもが4分の1ずつとなり、これを法定相続分と言います。

 

しかし、これはあくまでも目安で、相続人全員が納得すれば、どのように分けても構いません。私たち家族の場合は「父がいらない」と言っていましたから、私と姉で2分の1ずつ分けても構わないはずでした。

 

父が認知症でなければ、家族3人の署名と実印を押した遺産分割協議書に「父は相続放棄」「姉と私で2分の1ずつ」などと記載し、私と姉で母の遺産を分割していたと思います。ちなみに、遺産分割協議書とは、被相続人の遺産について、相続人が話し合いで決めた遺産の分割内容を記載した書類のことです。

 

しかし、母の遺産相続の段階で、父は認知症になっており、このままでは遺産相続ができない事態に陥りました。家族の意向に沿って金融機関の預貯金を遺産相続する場合、遺産分割協議書はもちろん、銀行側が用意した書類や印鑑証明書を提出する必要があります。

 

当時、父は腰の圧迫骨折で入院しており、その影響もあり認知症の症状も少し悪化していました。その一方で、前述したように、母の遺産相続に対して「俺はいらない」と言うなど、はっきりしている部分もありました。しかし、「書類の内容を理解して自筆で署名すること」などは難しい状況だったのは確かでした。

 

そこで私は、銀行に問い合わせてみることにしたのです。すると、やはりこのままでは遺産相続は難しいこと、一方で、成年後見人を立てれば、遺産相続はできることを伝えられました。

 

この時点で、私は大きな勘違いをしました。金融機関の「遺産相続はできる」という言葉を私は、父の成年後見人になれば「家族の意向どおりに、遺産相続ができる」と捉えたのです。

 

成年後見人になった私は、成年後見監督人に「父がいらない」と言っていること、母の生前の意向であることを踏まえて「姉と私で分割します」と伝えると、「それは無理です。できるのはあくまでも、民法上のルールに従った遺産分割になります」と言われました。

 

その監督人いわく「判断能力が低下している認知症のお父様には、その判断はできない」とのこと。母の意向についても、その証拠がなければ難しいということでした。

 

後見人を立てると「家族の意向どおりの相続」も不可能そうなのです。成年後見制度を使うと、家族の意向に沿った遺産相続はできなくなるのです。

 

「でも、母親の遺産が、いずれ相続する父親の財産に入るだけだから大した話ではないのでは?」と思う人もいるはずです。確かに、私のケースでは、民法上のルールで分割することになっても、大きな痛手は負いません。

 

しかし、家族には「長男が不動産を継ぎ、次男と長女は預貯金を等分したい」など、それぞれ〝家族の事情〞が少なからずあるものです。この場合でも、成年後見制度を使えば、法定相続分に従わなければいけないのです。

 

家族が思い描いたプランを実行できないということは、その家族にとっては、計り知れない痛手となります。

 

民法上のルールに従わざるを得なくなることで、相続税対策にも大きな問題が生じます。私が父の成年後見人になったことで、相続税対策ができなくなったことは、前述のとおりです。民法上のルールに従って、母の遺産の2分の1が父の財産になるということは、それだけ父の財産が増えることになります。

 

相続税対策ができない上に、さらなる財産の上乗せがあるということは、それだけ相続税が発生する可能性が高まるということなのです。

「後見人=相続人」の場合、相続手続きはできない

さて、もう一つ問題があります。それは「後見人自身が相続人」というケースです。

 

実は、後見人自身が、相続人の1人の場合は、後見人が、本人に代わって、遺産相続の手続きをすることはできません。その後見人は、自分自身も相続人の1人であるために、本人の代わりを務めることはできないのです。

 

専門書には「後見人自身の相続人の立場と、本人の後見人としての立場とで相続に関する利害が対立するから」と説明されています。後見人は本人の財産を守り亡くなったときに財産を相続人に引き渡す立場であり、相続人は亡くなった人の遺産を引き継ぐ立場です。自分が自分に遺産を渡すことはできませんよ、ということ。簡単に言えば、1人2役はNGというわけです。まさに、私がそうでした。

 

私の場合は、成年後見監督人の司法書士が、遺産分割に参加することになりました。監督人がいない場合には、家庭裁判所に特別代理人を選任してもらう必要があります。

 

この特別代理人は、成年後見人が自ら申立書を作成し、相続人にあたらない親族などを候補者として、提出します。ただし、遺産が多い場合は、家庭裁判所によって、親族ではなく司法書士などの専門職後見人が選任されることもあります。この場合は、当然、報酬が発生することになり、この報酬額は数万円かかることもあります。

 

家族には、それぞれ事情があります。私の父が「俺はいらないよ」と言ったのは、母の思いをくみ取った上での発言だと、私は信じています。これも私の家族の事情にほかなりませんが、成年後見人になると、そうした「事情」は一切考慮されなくなるということです。

 

 

 

永峰 英太郎

フリーライター

認知症の親と「成年後見人」

認知症の親と「成年後見人」

永峰 英太郎

ワニ・プラス

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