今回は、成年後見人制度を活用することで、一切の相続税対策ができなくなる理由を説明します。※本連載は、フリーライターである永峰英太郎氏の著書、『認知症の親と「成年後見人」』(ワニ・プラス)から一部を抜粋し、「成年後見人制度」が招いた悲劇について、著者の実体験をもとに紹介します。

元気な頃の母親と相談していた相続税対策

母がまだ元気だった2013年4月頃、私は母と「相続税対策」について、少し話をしたことがありました。ちょうどその時期、「15年から相続税の基礎控除額が大幅に引き下げられる」というニュースが流れており、母と「念のために、相続税対策をしておこうか」と話したのです。

 

相続税とは親が亡くなった後、その親の財産を引き継ぐ際に、発生する可能性のある税金のこと。「発生する可能性がある」と書いたのは、相続税には基礎控除額があり、この額を下回ると、相続税は発生しないからです。

 

この基礎控除額は、これまで何度か改正されてきました。1987年までは、法定相続人が3人(配偶者、子ども2人)の場合で、基礎控除額は3200万円でした。しかし、バブル景気による地価の高騰で、相続税が支払えないケースが多発したことで、基礎控除額の見直しが図られ、88年には6400万円、その後、94年以降は8000万円となり、それがずっと続いていました。

 

しかし、この基礎控除額が、15年に大幅に引き下げられ、4800万円となったのです。この基礎控除額の計算式は「定額控除3000万円+法定相続人控除600万円×法定相続人数」となります。

 

例えば、親の財産(正確には、評価額に計算し直す)が7000万円で、法定相続人が3人(配偶者と子ども2人)の場合、この家の相続税額は約113万円になります。ちなみに、15年以前であれば、ゼロでした。

 

東京国税局(東京都・神奈川県・千葉県・山梨県を管轄)の相続税の課税割合は、改正前は6〜7%程度で推移していましたが、改正後の15年は、12.7%と倍増しました。東京都に絞ると、その課税割合は15.7%となっています。

 

相続税は15年の法改正で、より身近な存在になってきました。専門家の中には「国の財政難を見ると、今後さらに引き下げられることもある」との見解を示す人もいます。こうした状況下、私たちがすべきことは、相続税がなるべくゼロになるように、しっかり相続税対策を行うことだ、ということになります。

「生前贈与に限らず、相続税対策は一切できません」

では、具体的にはどのような相続税対策を行うべきなのか。「一気に贈与してしまえばよいのでは?」と、思うかもしれませんが、そうすると贈与税が発生します。この贈与税は、ほかの税金に比べて非常に高く、1000万円を一度に贈与すると、税額は231万円です。

 

そこで勧められているのが「暦年贈与」です。暦年贈与とは、1年間に贈与を受けた金額が110万円以下であれば、贈与税が発生しない制度のこと。この暦年贈与を毎年行うことで、親の財産の総額を減らし、相続税が発生しないようにするわけです。

 

私は、生前の母と、この暦年贈与を始めようかと話していたのです。父も、そのことに賛成してくれていました。ところが始める前に、母が末期がんとなり、それどころではなくなってしまいました。

 

母の死後、私が父の成年後見人になったとき、私は姉に「暦年贈与を始めようと思う」と、伝えました。生前の母との会話を思い出したのです。この時点で私は「父の成年後見人になったのだから、母と父の意思である暦年贈与は実行できるはず!」と思いこんでいました。

 

しかし、です。私の成年後見監督人に「生前贈与を行いたい」と話したところ、「生前贈与に限らず、相続税対策は一切できません」と、はっきり言われました。

 

私は、こう言い返しました。

 

「だって、成年後見人の役割は、本人の財産を守ることでしょう? 相続税対策によって支出を抑えることは、本人の財産を守ることにつながるのではありませんか? 母親とは暦年贈与をする約束を交わしていたし、父も納得していました」

「成年後見人=相続税対策」と誤解する人は多いが・・・

しかし、私のそんな言い分は一切通用しませんでした。私の成年後見監督人になった司法書士は、その後の取材で「相続税対策というのは、今ご存命の本人のためのものではありません。ご本人が亡くなった後に残された相続人のためのものです。つまり、成年後見制度とはまったく法律の立ち位置が違うんです」と、その理由を説明してくれました。

 

では、父の成年後見人になる前から、暦年贈与をしていた場合は、どうなるのでしょうか。結論を言うと「打ち切り」になります。「え?」と思いませんか? 私は、この事実を知ったとき、かなり驚きました。

 

実は、私のように、相続税対策ができないことに大きな戸惑いを覚える家族は多い、と私の成年後見監督人だった司法書士は話します。

 

「成年後見人は、親の財産を管理するため『成年後見人=相続税対策』だと誤解して、相談に訪れるご家族の方は、本当にたくさんいらっしゃいます。特に資産家の家族であれば、相続税対策は必ず行う必要があります。こうしたご家族には『後見人を立てると、相続税対策は一切できなくなりますよ』とご説明して、ほかの方法を選んだほうがよいとアドバイスしています」

 

私が生前の母と、相続税対策をしようと話し合ったのは、2015年から基礎控除額が下がることをニュースで知ったからでした。母の死後、父の財産を計算すると、十数万円ではありますが、相続税が発生することが判明しました。今後さらに基礎控除額が下がったら、もっと多額の相続税が発生することになるでしょう。

 

しかし、私はもはや、一切の相続税対策を行うことができないのです。

 

 

 

永峰 英太郎

フリーライター

認知症の親と「成年後見人」

認知症の親と「成年後見人」

永峰 英太郎

ワニ・プラス

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