ニーズの多様化で「細分化」が進んだ理容室市場
前回に引き続き「セグメンテーション」「ターゲティング」「ポジショニング」の3つのステップを踏まえながら、今回は理容室、いわゆる「床屋さん」の市場変化を見ていきます。
前回の連載で紹介をした葬儀業界と同じく、理美容業界は伸びた髪の毛を切るという需要が途絶えない業界です。しかし、皆さんもお気づきのとおり理容室の数は減少を続けています。少子化・高齢化による利用者人口の減少と、主要顧客である男性客を美容室に取られていることが理由だといわれています。
[図表1]理美容市場規模推移と予測
一昔前の理容室は、どのお店も幅広い世代の男性にカットや顔そり、シャンプーといったサービスを提供していました。サービスが同じですから、市場の切り口は「どこにあるか」つまり地理的要因が主でした。もちろん、価格や雰囲気といった切り口でさらに市場を細分化できるのですが、価格も雰囲気も同じ理容室が多いので、お客さんは「家の近所だから行く」「通勤途中にあるから行く」といった地理的要因でお店を選んでいました。そのため、理容室の市場は「井の頭線三鷹台駅の半径3キロ以内に住む男性」といったような極めてシンプルな市場だったと言えるでしょう。
しかし、長引くデフレや非正規労働者の増加による所得の伸び悩み、男性の美容に対する意識の高まりといった環境変化で、髪を切るだけならできるだけ安く済ませたいというニーズが生まれる一方、高くても良質なサービスを受けたいというニーズも生まれるなど、お客様のニーズが多様化しました。
それに伴い、市場はより細分化されました。例えば「井の頭線三鷹台駅の半径3キロ以内に住む男性」市場に「美容に対する意識の高低」「求めるサービス内容」といった切り口が追加されたということです。
「美容に対する意識」「求めるサービス内容」といった切り口で男性市場を切り分け、それぞれにどんなお客様がいるのかを現したのが図表2です。
[図表2]理容室市場の細分化
一昔前は図の真ん中にいる一般的な男性が中心でしたが、ニーズの多様化で市場の細分化が進んだことが分かると思います。
「節約志向」「高級志向」で従来の理容室と差別化
「10分の身だしなみ」をキャッチフレーズに国内で540店舗以上を展開しているQBハウスは皆さんも良くご存じでしょう。QBハウスはバブル経済崩壊直後の1997年、10分1000円のカット専門として東京の神田美土代町に1号店を開店しました。
QBハウスは「できるだけ安く髪を切りたい」「髪を切るのに時間を取られたくない」というお客様をターゲットに絞り込み、一般的な理容室が提供するカット以外のサービスをすべて除外するという新しいポジショニングを取りました。
一方、「美容に意識の高い男性」をターゲットにした高級理容室も出店を増やしています。東京都区内に24店舗を展開しているヒロ銀座は、2005年に銀座四丁目に1号店をオープンさせました。新規客の平均単価が6000円というお店は、個室風の空間で散髪以外のリラクゼーションメニューを豊富にそろえることで、一般の理容室とは違うポジショニングを取っています。
[図表3]QBハウス、ヒロ銀座のポジショニング
QBハウスやヒロ銀座の提供するサービスは従来の理容室と差別化されており、競争優位に立つことができています。これが「ポジショニング」です。市場規模が縮小している市場でもSTPという枠組みを使い「誰に」「何を」「どうやって」提供するかを考えることで、新商品・新サービスを生み出すことができます。
商品・サービスの提供に行き詰まったら…
しかし、参入時は画期的だった1000円カットや高級理容室も新規参入により競争が発生しています。今後は、違うニーズを持つ人に着目したり、新しいニーズの掘り起しなどをして、差別化を進めることが必要になってくるかもしれません。
例えば短い時間で高いサービスを受けたいエグゼクティブ層には、ホテル内で受けられるカリスマ理容師によるクイックバーバーというサービスや、出張サービス(オフィスや自宅等への訪問)が成立するかも知れません。安い費用で長い時間でもいいという場合は、理容師の卵によるサービスが生まれるかもしれません。
ビジネスとして成立するかどうかは、ターゲット顧客が一定数いて、顧客にアクセスできて、実際に彼らがお金を投じてくれるかということがポイントになります。
皆さんの商品・サービスをSTPの枠組みで考えても単純にはいかず、行き詰ることもあると思います。その時は、行き詰まったらいったん次のステップに進み、また戻り、を繰り返してみてください。市場をどのような切り口で切ったか、どうターゲットを決めたか、どのようなポジショニングを選択したかが後々、ブランドの見直しや事業展開をする際に役に立つはずです。