自筆証書遺言の場合、「偽造」を疑われるケースも
前回の続きです。
②争点
このような場合、Aの主張として次のようなものが考えられます。
❶母の遺言は偽造されたものである
❷母が遺言を書いた当時、母には遺言を作成する能力(意思能力)はなかった
❸役所に提出された養子縁組届は、偽造されたものである
❹母が養子縁組をした当時、母には養子縁組をする能力(意思能力)はなかった
❺母が養子縁組をした当時、母に意思能力があったとしても、養子縁組はAの遺留分を減らす目的でされたもので、母には養子縁組をする意思(真に親子関係を形成しようとする意思)がなかった
❶については、遺言書が自筆証書遺言の場合、このような争い方をすることがあります。
この場合、裁判になれば、遺言書が母の筆跡かどうか筆跡鑑定をする必要がありますが、筆跡鑑定も鑑定人によってその結果が違うことがあり、完全に信用できるものではないので(東京高裁平成12月10月26日判決は筆跡鑑定について、「科学的な検証を経ていないという性質上、証明力には限界があり、他の証拠に優越する証拠価値が一般的にあるのではない」と述べています)、母がこのような遺言を書くはずがないということを裏付けるさまざまな事実を、母とB、C、D1、D2の関係などから明らかにしていく必要があります。公正証書遺言の場合は、公証人が遺言書を作成する段階で本人確認をしているので、このような争い方は困難です。
❷については、自筆証書遺言でも公正証書遺言でも、このような争い方をすることが可能です。
母が認知症などのために、神経内科、脳神経外科などに通院していた場合は、その病院からカルテなどを取り寄せたり、また、母が正常であればこのような遺言をするはずがないということを裏付ける事実を、母とB、C、D1、D2の関係などから明らかにしたり、母には能力がなかったということを裏付ける事実を明らかにしていく必要があります。
なお、公正証書の場合、公証人は、遺言をする人の能力確認をしますが、この確認も、遺言の内容を遺言者に確認し、はい、いいえ、と言わせる程度のものが多いので万全なものではなく、争う余地はあると思われます。
❸については、養子縁組届をする場合、平成20年5月1日から役所の窓口で本人確認をすることになっています。すなわち、本人であることを確認するために、運転免許証、パスポート、住民基本台帳カードなどの官公署発行の顔写真付き証明書、あるいは国民健康保険証、国民年金手帳などを確認する必要があり(戸籍法27条の2第1項、戸籍法施行規則53条の2)、これらを持参しなかった場合でも受理はされますが、本人確認できなかった届出人の住所地に届出受理の通知が発送されます(戸籍法27条の2第2項)。
たとえば、養親、養子が役所の窓口に出向いた場合は、両者について本人確認のための書類の提出を求められますし、養親のみで出向いた場合は、養親についてのみ本人確認のための書類の提出が求められ、養子については、養子の住所地に養子縁組届受理の通知が発送されることになります。また、第三者が養子縁組届を持参することもできますが、この場合は、養親と養子の双方に、養子縁組届受理の通知が発送されます。
したがって、養子縁組届を偽造することは難しいのですが、それでも、たとえば養親が認知症になっている、養子縁組届を偽造した人が養親と同居しており、自宅に来た通知を隠してしまったなどという場合は、養子縁組が当事者の知らない間に勝手にされてしまうことがあり得ます。
養子縁組届が偽造され、勝手に養子縁組がされたという場合、❶と同様で、訴訟になった場合は、役所に提出された養子縁組届にある母(養親)の署名が母の筆跡かどうか筆跡鑑定をする必要があります。しかし、筆跡鑑定も上記のとおり、完全に信用できるものではないので、母がこのような養子縁組をするはずがないということを裏付けるさまざまな事実を、母とB、C、D1、D2の関係などから明らかにしていく必要があります。
なお、養子縁組の場合、養子縁組届には養親、養子が自署するのが通常ですが、法的には他の者が養親、養子に代わって代書することもできることになっています(戸籍法施行規則62条1項)。
そうすると、他の者が署名してもよいのなら筆跡鑑定をしてもムダなようにも思われますが、通常は本人が署名しますし、また通常、訴訟では、養子縁組届を偽造したとされた側は、本人が署名したと主張するので(他の者が代書したと主張したのでは、そのこと自体、怪しいと思われてしまいます)、鑑定をすることがやはり有効な手段ということになります。
「養子縁組の無効」を主張する側に証明責任がある
❹については❷と同様で、母が認知症などのために、神経内科、脳神経外科などに通院していた場合は、その病院からカルテなどを取り寄せたり、また、母が正常であればこのような養子縁組をするはずがないということを裏付ける事実を、母とB、C、D1、D2の関係などから明らかにしたり、母には能力がなかったということを裏付ける事実を明らかにしていく必要があります。
❺については、母に養子縁組をする意思(真の親子関係を作ろうとする意思)があったかどうかが問題になります。本件の場合は、Aの遺留分を減らすために、B主導で、母とC、D1、D2との養子縁組がされているわけですが、このような場合でも、母に縁組意思があったといえるでしょうか。この点は、すでに東京高裁昭和57年2月22日判決(書籍『相続に活かす養子縁組』第4章一)の東京高裁の判例にあるように、縁組意思がないとして養子縁組を無効とした判例がありますが、最高裁平成29年1月31日判決では、(節税のための養子縁組の事例ですが)節税のために養子縁組をすることと、養子縁組をする意思とは両立し得るとし、養子縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はないことから、養子縁組は有効と判断しています。
縁組意思がないことについては、縁組の無効を主張する側に証明責任があるとされていますから、養子縁組の無効を主張する側は、この例でいえば、母には養子縁組をする意思(真の親子関係を作る意思)はなかったということを裏付ける事実(縁組意思がないということを間接的に裏付ける事実)をできるだけ多く主張し、また立証していく必要があります。
たとえば、母とB、Cは同じ家に住んでいてもいっしょに食事をしたことはなかった、母が入院しても見舞いに行ったことがなかったなど、母とB、Cの関係が良好ではなかった事実、母は、気が弱くなっていて、Bに言われればその通りにしていた事実、養子縁組は母が亡くなる直前にされている事実、どの孫も可愛がっていたのに、D1、D2とだけ養子縁組をしている事実、母には養子縁組をする動機が考えられない事実、その他、いろいろあります。
どのような事実が考えられるのかは、事案によってさまざまで、パターン化して述べることができませんが、上記の東京高裁の判決、また、本連載第12回を参照してください。どのような事実が、縁組意思がなかったということを裏付ける事実になるのかは、常識的に考えてみればよいと思われます。
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■相続人の1人には何も相続させない遺言とともに、その相続人の遺留分を減らすための養子縁組をした場合の争点
①遺言は偽造されたものである
②遺言を書いた当時、遺言作成者には遺言を作成する能力はなかった
③養子縁組届は、偽造されたものである
④養親には、養子縁組をする能力はなかった
⑤養子縁組は1人の相続人の遺留分を減らす目的でされたもので、養親には真の養子縁組をする意思がなかった