「デフレへの後戻り」を防ごうとした安倍政権
本連載では、2010年代の日本経済と経済政策について振り返ってみます。
日本経済は、東日本大震災や福島第一原発事故、円高進行といった苦境に相次いで直面しました。円高を是正するため、与野党は、競うように日本銀行に対するプレッシャーを強めました。
2012年末に発足した安倍政権は、アベノミクス「三本の矢」を導入、米国による金融引き締めの追い風もあり、円高是正に成功しました。円安進行により、日本経済は、企業部門を中心に回復を果たしたほか、税収増を通じて財政再建も両立することができました。
ですが、円安と消費増税が相まって、物価が大幅に上昇した結果、家計部門がダメージを被りました。金融緩和手段に乏しくなって円安進行が衰えると、経済成長と財政再建の両立が難しくなりました。
安倍政権は、「経済成長なくして財政再建なし」との方針のもと、消費増税延期や大型経済対策など財政拡張路線を採ることで、日本経済がデフレへ後戻りするのを防ごうとしました。財政拡張に加えて、海外経済回復の恩恵を受け、景気は改善基調をたどり、戦後2番目の長さの拡張局面を迎えています。
長期戦に備え、物資を買い占める人々
忘れもしない2011年3月11日。私が「あの時」を迎えたのは、乗車していた新大阪方面行き新幹線が新横浜駅を間もなく出発、というタイミングでした。
突如、車体が左右に揺れ出しました。最初は、乗り降りで発生する振動かと思いましたが、それにしては大きい。そのうち、「木が揺れている!」や「地震だ!」と誰かが叫ぶと、車内は騒然としました。車内の照明も一斉に消え、乗客の動揺は一段と大きくなりました。
当然のごとく、新幹線は立ち往生です。携帯電話もつながらず、途方に暮れていましたが、偶然にも駅に停車中でしたので、ホームに出ることができました。そこで目にしたのは、売店に並ぶ長蛇の列。そうです、多くの人が長期戦を覚悟し、物資の確保に努めたのです。飲料水や食料、ティッシュのような生活用品が、飛ぶように売れていきました。
これは、ひとり一人にとって合理的な行動です。もし、新幹線の立ち往生が長期化すれば、あるいは運休となれば、新横浜駅で降りる必要があるかもしれません。
外に出ても、交通網がマヒ、物流網が混乱していれば、いつ家や目的地にたどりつけるのか、あるいはいつ水や食事にありつけるのか、わかりません。また、もし新幹線が動いても、余震で再び停止する可能性もあります。そのときに、また運良く駅に停車できるかはわかりません。車内に缶詰め状態の可能性もあります。
そうであれば、ひとり一人にとって合理的な行動は、必要物資の確保です。危機に直面し、ある人は冷静に考え、ある人は本能的に察知し、ある人は皆が並んでいるのを見て焦って、合理的な行動を取ったのだと思われます。
ただ、個々(ミクロ)が合理的な行動を取っても、それが全体(マクロ)にとっては、必ずしも望ましい結果をもたらさないことがあります。これを経済学では、「合成の誤謬」と呼びます。
例えば、もし一部の乗客(ミクロ)が合理的に水を買い占めてしまえば、全体の乗客(マクロ)に水が行き渡らない可能性があります。不公平感が高まり、車内が険悪な雰囲気になるかもしれません。あるいは、水分不足で体調不良となる方も続出するかもしれません。
その日は震度7の大地震が発生した、という情報は把握していましたが、具体的な状況がよくわからず、落ち着かずに過ごしていました。結局、夕方頃になって新幹線が動き出し、徐行でしたので時間が掛かりましたが、何とか深夜に目的地の新大阪駅に着くことができました。
宿泊先に到着したあと、真っ先につけたテレビをみて愕然としました。どの局も東日本地域の非常事態を告げるものでした。