本連載では、SMBC日興証券株式会社のシニア財政アナリストとして活躍する宮前耕也氏の著書、『アベノミクス2020―人口、財政、エネルギー』(エネルギーフォーラム)から一部を抜粋し、人口や財政、エネルギーの観点から日本経済の課題を考察します。

「デフレへの後戻り」を防ごうとした安倍政権

本連載では、2010年代の日本経済と経済政策について振り返ってみます。

 

日本経済は、東日本大震災や福島第一原発事故、円高進行といった苦境に相次いで直面しました。円高を是正するため、与野党は、競うように日本銀行に対するプレッシャーを強めました。

 

2012年末に発足した安倍政権は、アベノミクス「三本の矢」を導入、米国による金融引き締めの追い風もあり、円高是正に成功しました。円安進行により、日本経済は、企業部門を中心に回復を果たしたほか、税収増を通じて財政再建も両立することができました。

 

ですが、円安と消費増税が相まって、物価が大幅に上昇した結果、家計部門がダメージを被りました。金融緩和手段に乏しくなって円安進行が衰えると、経済成長と財政再建の両立が難しくなりました。

 

安倍政権は、「経済成長なくして財政再建なし」との方針のもと、消費増税延期や大型経済対策など財政拡張路線を採ることで、日本経済がデフレへ後戻りするのを防ごうとしました。財政拡張に加えて、海外経済回復の恩恵を受け、景気は改善基調をたどり、戦後2番目の長さの拡張局面を迎えています。

長期戦に備え、物資を買い占める人々

忘れもしない2011年3月11日。私が「あの時」を迎えたのは、乗車していた新大阪方面行き新幹線が新横浜駅を間もなく出発、というタイミングでした。

 

突如、車体が左右に揺れ出しました。最初は、乗り降りで発生する振動かと思いましたが、それにしては大きい。そのうち、「木が揺れている!」や「地震だ!」と誰かが叫ぶと、車内は騒然としました。車内の照明も一斉に消え、乗客の動揺は一段と大きくなりました。

 

当然のごとく、新幹線は立ち往生です。携帯電話もつながらず、途方に暮れていましたが、偶然にも駅に停車中でしたので、ホームに出ることができました。そこで目にしたのは、売店に並ぶ長蛇の列。そうです、多くの人が長期戦を覚悟し、物資の確保に努めたのです。飲料水や食料、ティッシュのような生活用品が、飛ぶように売れていきました。

 

これは、ひとり一人にとって合理的な行動です。もし、新幹線の立ち往生が長期化すれば、あるいは運休となれば、新横浜駅で降りる必要があるかもしれません。

 

外に出ても、交通網がマヒ、物流網が混乱していれば、いつ家や目的地にたどりつけるのか、あるいはいつ水や食事にありつけるのか、わかりません。また、もし新幹線が動いても、余震で再び停止する可能性もあります。そのときに、また運良く駅に停車できるかはわかりません。車内に缶詰め状態の可能性もあります。

 

そうであれば、ひとり一人にとって合理的な行動は、必要物資の確保です。危機に直面し、ある人は冷静に考え、ある人は本能的に察知し、ある人は皆が並んでいるのを見て焦って、合理的な行動を取ったのだと思われます。

 

ただ、個々(ミクロ)が合理的な行動を取っても、それが全体(マクロ)にとっては、必ずしも望ましい結果をもたらさないことがあります。これを経済学では、「合成の誤謬」と呼びます。

 

例えば、もし一部の乗客(ミクロ)が合理的に水を買い占めてしまえば、全体の乗客(マクロ)に水が行き渡らない可能性があります。不公平感が高まり、車内が険悪な雰囲気になるかもしれません。あるいは、水分不足で体調不良となる方も続出するかもしれません。

 

その日は震度7の大地震が発生した、という情報は把握していましたが、具体的な状況がよくわからず、落ち着かずに過ごしていました。結局、夕方頃になって新幹線が動き出し、徐行でしたので時間が掛かりましたが、何とか深夜に目的地の新大阪駅に着くことができました。

 

宿泊先に到着したあと、真っ先につけたテレビをみて愕然としました。どの局も東日本地域の非常事態を告げるものでした。

アベノミクス2020―人口、財政、エネルギー

アベノミクス2020―人口、財政、エネルギー

宮前 耕也

エネルギーフォーラム

創業100周年を迎えた大手証券の新進気鋭アナリストが、日本経済を徹底検証! 人口や財政、エネルギーの観点から、安倍政権への宿題を提示します。

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