金正男殺害事件の目的
北朝鮮問題が緊迫していますが、今回の北朝鮮危機の発端の一つとなった深刻な問題、金正男(キムジョンナム)殺害の話から入りましょう。
2017年2月13日、マレーシアで、北朝鮮の金正恩(キムジョンウン)・朝鮮労働党委員長の異母兄に当たる金正男が殺害されました。こういったときは、初動の情報の分析が重要です。あえて事件直後の朝日新聞の情報を引用します。
マレーシア警察は14日、北朝鮮国籍の男性が13日朝、同空港の格安航空会社用ターミナル内で体調の悪化をサービスカウンターの係員に訴えた後、病院に搬送中に死亡したと声明を発表した。パスポートの名前は「キム・チョル」で、1970年6月10日に平壌で生まれた46歳の人物だという。マレーシア国営ベルナマ通信は、警察幹部がこの男性を金正男氏と認めたと伝えた。朝日新聞の電話取材に応じた警察幹部によると、男性は13日午前8時ごろ、空港の出国審査前のエリアで「顔に液体をかけられた」と係員に体調の不調を訴えた。マレーシアの中国語メディア「星州日報」によると、空港の監視カメラには、朝鮮系と見られる女1人がこの男性に近づく様子が映っているほか、この女が別の女と合流して空港から去る様子が目撃されているという。
(朝日新聞2017年2月15日)
その後、分かったことですが、2人の女性は朝鮮系ではなくて、1人はベトナムのパスポートを持っていて、もう1人はインドネシアのパスポートを持っていました。このことを除いては、極めて正確なニュースでした。
例えば、これは別の新聞に出ていた話ですが、1987年11月に大韓航空機を爆破した北朝鮮の工作員、金賢姫(キムヒョンヒ)(現在は韓国在住)が、「白頭(ペクト)山の血筋を狙うのは不自然だ」とインタビューで話しています。従来の北朝鮮の手口とは異なるという指摘です。しかしこれは後で確認しますが、間違った見解です。
「白頭山」とは、北朝鮮と中国の国境地帯にある山で、北朝鮮においては重要な位置づけがなされている象徴的な場所です。金正恩の祖父に当たる、金日成(キムイルソン)が抗日戦争をしているときに、この白頭山の陣地の中で金正日(キムジョンイル)が生まれたとされていますが、この北朝鮮の公式の説明は事実と異なります。金正日はハバロフスク郊外で生まれています。しかしそれはそれとして、この白頭山の血筋は神聖にして侵すべからざる血筋だから暗殺などやらないはずだ、今回の事件は不思議だと、こういうふうに金賢姫は言っているわけです。
でも、本当にそうなのでしょうか。
金正恩が兄に突きつけた「手紙」
北朝鮮のような“不思議な国”を解読するときに重要なのは「思想」の分析です。
2013年に平壌の外国文出版社から金正恩の著作集が出ています。『最後の勝利をめざして』という本です。ちなみに、この本は日本では手に入りません。どうしてかというと、日本は北朝鮮に対して制裁をかけているため北朝鮮から本も含めて輸入ができないからです。
ところが、直接、北朝鮮に行った人がお土産で本を買ってくるのはかまいません。2013年に小沢一郎さんの秘書だった石川知裕さんが公判闘争に専念するということで国会議員を辞めました。それで少し時間があったのですが、たまたま石川さんの地元の帯広の関係者で北朝鮮に詳しい人がいて、「石川さん、時間があるなら、北朝鮮に行ってみないか」と誘われて北朝鮮に出かけたんです。それで、行く前に私に連絡があって、「佐藤さん、お土産は何がいいですか」と声を掛けられたので、北朝鮮の聖書をお願いしたのですが、現地の本屋さんに行ったら、「聖書はない。それよりもこちらがいい本だから」と勧められて、買ってきてくれたものです。
それを読んでみたら、驚くべきことが書いてある。
2012年10月12日の手紙が出ていて、こんなことが書いてあったんです。「革命家の血筋を引いているからといって、その子がおのずと革命家になるわけではありません。偉大な元帥たちが述べているように、人の血は遺伝しても思想は遺伝しません。革命思想は、ただ絶え間ない思想教育と実際の闘争を通じてのみ信念となり、闘争の指針となり得るのです」
これはどういうことか。
たとえ親が金正日だといっても、また、祖父が革命家である金日成だといったって、血は遺伝するかもしれないが思想は遺伝しない、正しい思想を持っていないとだめなんだ、こういうことを言っているんです。
これは明らかに金正男を意識している文章です。
朝鮮の伝統では長男を重視しますから、金正恩より、金正男を正統と見なすこともあり得る。
それで、金正恩は兄に対して「お前は親父の血を引いているといっても、思想が腐っているからだめなんだ」と、こう言っているということなんです。