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金正恩が変えた「北朝鮮のイデオロギー」とは?

今回は、金正恩が変えた「北朝鮮のイデオロギー」を取り上げます。※本連載は、元外務省主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍し、現在は作家として執筆活動やラジオ出演、講演活動を行っている佐藤優氏の著書『佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、緊張が高まる国際情勢分析をご紹介します。※本連載は、2018年1月22日刊行の書籍『佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界』から抜粋したものです。

“ミイラ”が動かしていた北朝鮮の政治

もう一つ重要なことがあります。北朝鮮がイデオロギーを変えたんです。

 

これは細かいことのように見えるけど、大きな意味があります。

 

金正日の時代まで重要なイデオロギーは「金日成主義」でした。ところが、金正恩の時代に、これが、「金日成・金正日主義」となりました。

 

これもちょっとした“からくり”があることなので、ちょっと回り道になりますが、説明します。

 

金正日の時代は遺訓政治をやっていました。

 

遺訓政治とは何か。全部、金日成の言った通りにやる、ということです。遺訓とは、金日成が言ったことを文章化したものです。それを基にして政治を行うわけです。だから、金日成の執務室があった錦繍山(クムスサン)にある主席の執務室は、金日成の死後、そのままミイラを安置する場所になった。だから北朝鮮を一言で言うと、「金日成のミイラ」が動かしている国でした。でも、ミイラは口をきかないですよね。どうやって国を指導するのか。それに新しい政策を実行するときは困ってしまう。死んでいる人を突っついても何も言わないんだから。

 

一つ解決法があるんです。新しい文書が見つかればいいんです。遺訓として、「こういったことが書いてある文書が新たに見つかった」ということにする。

 

最初、『金日成著作選集』は全8巻でした。それが金日成の死後に完結した『金日成著作集』が何巻になったと思いますか。何と全44巻。

 

さらに、それでも足りなくなって『金日成全集』ができた。これは全100巻を超えた。どんどん新しい文書が見つかるんです。

 

でも、考えてみれば、そんなことは絶対にあり得ない。もともと8巻分かそこらしかなかったものが100巻以上に膨れるということはないでしょう。

 

こうなったのは、「金日成の新しい言葉が見つかった」ということで、どんどん文書をでっちあげていった結果です。

独自路線を突き進む金正恩

金正恩が権力の座についてから、遺訓政治をやめました。

 

だから、『金日成全集』は102巻で止まっている。それで、金正恩は自分の方針について、こう宣言したわけです。「限りなく謙虚な金正日同志は、自分の思想はどこまで行っても『金日成主義』なので、国家の指導理念をご自分の尊名と結び付けることを禁止しました。しかし、私はこの国家の指導理念が『金日成・金正日主義』であると宣言したいと思います」と。

 

これ、どういうことですか。お父さんは「“金正日主義〞って言ったら絶対だめだ」と言ったのですが、これもいってみれば遺訓です。その遺訓に反して、自分は新しい路線、「金日成・金正日主義」で行くということなんですよ。つまり、もうお父さんが残した遺訓は守らないということなんです。

 

お父さんの残した遺訓には何がありましたか。

 

「お前はまだ若い。国際情勢もよく分かっていない。だから、その辺に通暁した叔父の張成沢(チャンソンテク)に相談して外交をやりなさい」と言われたのだと思います。しかし、その遺訓も聞かないことにした。金正恩はこう考えたんです。「張成沢は確かに叔父かもしれないが、叔父貴の言う通りにやっていたら、俺はいつまでも操り人形みたいになっちまう」と。だから拷問をかけた後に殺した。

 

最近の北朝鮮の殺し方はパターンがあって、陸軍士官学校のグラウンドとかに人を集める。それで、処刑する人を連れてくる。そこで地上から航空機を攻撃する地対空高射砲で処刑してばらばらにする。それで、ばらばらにした後、さらに火炎放射器で完全に死体を焼いて灰にして、形が残らなくなるまでにする。その過程をみんなに見せる。その後、それを見てどう思ったかという作文を書かせる。

 

作文でつまらないことを書くと、今度は自分の番になるから、みんな真剣に書きます。

 

金正恩は、張成沢をまず、自分の部下を処刑する現場に立ち会わせました。自らの処刑の2週間前に。その後、自分の番が来たというわけです。最近、そういう殺し方にしている。

 

これで完全に遺訓政治から脱却したんです。

「中国の核の傘に入らないか」という誘い

でもね。そんなやり方はひどいじゃないか、野蛮じゃないかと思うかもしれないけれども、金正恩には金正恩なりの理由がおそらくあるんですよ。

 

張成沢の路線を一言で言うと、国民の不満が高まっているから、軽工業を重視して、国民の消費生活の水準を上げるというやり方です。

 

今、北朝鮮は一生懸命ミサイルや核兵器を造っているでしょう。お金が足りなくなる。そのときにどこに頼るか。中国ですよ。では中国のねらいは何か。

 

北朝鮮に中国はこう言います。「もうおまえらいいかげんにしろよ。ミサイルとか核兵器とか造っているから周辺国とも緊張するし、そもそもお金もないんだろう。もうそんなことやめちゃえよ。その分、全部軍ではなくて、民生に向ければいいじゃないか。もし困ることがあったら、中国の核で北朝鮮を守ってあげるからさ」。これが中国のねらいですよ。

 

「中朝安全保障条約」ができて、北朝鮮の半分は中国の核の傘に入る。もし実現すれば、これは、中国が初めて外国に核の傘を貸し出す事例になるけれども、そうなった場合、完全に北朝鮮は中国の従属国になります。

 

だから金正恩は中国と通じている張成沢について、「このまま叔父貴に従っていると、うちの国は自主独立の国じゃなくて従属国になってしまう」と考えた。

 

だから、殺さないといけない、こうなったと思います。

作家、元外務省主任分析官

1960年東京都生まれ。大宮市(当時)で高校卒業まで育つ。埼玉県立浦和高校卒業後、同志社大学神学部に進学。同大学院神学研究科修了。在学中は組織神学、無神論について学び、特にチェコの神学者、ヨセフ・ルクル・フロマートカに興味を持つ。85年外務省に入省。在英国日本国大使館、在ロシア連邦日本国大使館に勤務した後、本省国際情報局分析第一課主任分析官(課長補佐級)として対ロシア外交の最前線で活躍。外交官としての勤務のかたわら、モスクワ大学哲学部の講師(弁証法神学)や東京大学教養学部非常勤講師(ユーラシア地域変動論)も務めた。2002年5月、鈴木宗男事件に絡む疑惑をうけて、背任と偽計業務妨害容疑で東京地検特捜部に逮捕、起訴され東京拘置所で512日間拘留。2005年に執行猶予付き有罪判決。2009年6月に最高裁で上告棄却、執行猶予付き有罪確定(懲役2年6カ月、執行猶予4年)で外務省を失職。2013年6月、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。
2005年に発表した『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』で第59回毎日出版文化賞特別賞受賞。2006年『自壊する帝国』で第5回新潮ドキュメント賞、第38回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

著者紹介

連載佐藤優の地政学リスク講座~北朝鮮、金正恩の戦略を探る

 

佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界

佐藤優の地政学リスク講座 一触即発の世界

佐藤優

時事通信出版局

一触即発の世界はいつまで続くのか。 佐藤優が北朝鮮問題に切り込んだ本書の内容をQ&Aで紹介します。(本書の内容を構成しました。「…」部分は本書で) Q 米朝開戦の可能性は! ? 佐藤優 危機は高まってきている。5軒先でボ…

 

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