登場人物
●主人公・・・・・・・鈴木豊成社長、六七歳、スーパーと自動車販売店の社長。
●妻・・・・・・・・・・・鈴木幸子、六二歳。
●長男・・・・・・・・・鈴木徳雄、三七歳、大手商社のサラリーマン、妻と子二人。
●二男・・・・・・・・・鈴木継男、三五歳、後継ぎ予定者、妻と子三人。
●長女・・・・・・・・・山田順子、安月給のサラリーマンの妻、子二人。
●祖父・・・・・・・・・鈴木高願、元公務員、一年前九二歳で死亡。
●祖母・・・・・・・・・鈴木末子、九一歳、専業主婦、未亡人、健在。
●税理士・・・・・・・内山実、六七歳。
●ファイナンシャルプランナー・・・神川万年、六三歳。
●弁護士・・・・・・秋山真治、六五歳。
●不動産屋・・・・あいされ不動産 野田社長、六六歳。
●公証人・・・・・・愛知憲雄
●主人公の友達・・・・山本
会社への調査とは根本的に違う「相続税の税務調査」
税務調査について鈴木社長が尋ねた。一番気になることだ。
「内山先生、相続税の申告書を出すと、会社の調査と同じように、税務署が調査に来るのかね」
「ついでですから、税務調査とそのエピソードについてお話しましょうか。何かの参考になるかもしれませんから」
こうして話が始まった。
相続税の税務調査は企業に対して行われる税務調査とは根本的に違う。企業や商売をしておられる人に行われる税務調査は、個人課税部門や法人課税部門の調査官が、過去の申告内容や同業他社との内容を比較しながら、また景気状況の良い業種や脱税温床業種などを検討して、しかも定期的に継続して調査に来る。
だから税金を納める納税者側も商売をしている以上、そのうちいずれか税務署がやって来るものだと心しており、事業内容の明細や帳簿を完備しておき、調査時の質問にいつでも答えられるように準備している。
しかし、相続税の税務調査はその申告した方の大部分が税務署とはほとんど無縁の人生を送ってきた人だ。税務署がどこにあるのかも知らない、どんな仕事をしているのかも知らない人が大部分である。そんな状況のところへ税務署が調査に来るとなると、まるで強盗でも来たほどの大混乱をされる人がほとんどだ。
何を聞かれるのだろう、私は何も悪いことなどしていないのに、なぜ来るのだろう。税務署から調査におうかがいするという電話を受けてから、夜も眠れなくなり、中には体調を壊される人もいる。
会計事務所をしている内山はこう答えることにしている。
「そんなに心配しないで下さい。命まで取ってはいきませんから。調査に来ても何も問題ありませんでした、と帰られることもしばしばありますので、と気持ちを落ちつかせるのにずいぶん気を配ることになります」
会社を休んで対応しなければならないことも・・・
鈴木社長は長年、商売をしてきたから、すでに何度も税務調査を受けたことがある。さほど心配してはいないとしても、相続人の家族は経験がまったくないので、ずいぶん心配されることになる。
「えっ、税務署は私(ここでは鈴木、一般的には同居の後継者や主たる財産を受けた人)以外にも質問するのですか」
相続の場合は、相続人全員が申告者だから、税務署が何か不信を抱けば、全員に質問するかもしれない。特に配偶者の奥様は高齢者なので、ものすごく緊張されやすい。健康にも影響しないかと心配なところもある。
税務署の調査官も、申告された相続人との接触が初めてなので、どんな性格の方かまったく分からず、緊張して出かけてくる。しかも、事業経営者と違いサラリーマンの方(であった方)もいる。会社を休んで税務調査に対応しなければならないこともあり、有給休暇を取るなどしなければならない。当然、国家権力の不条理を嘆く人も出てくる。
「車関連の会社で現場の責任者をしておられる方が言いました。残業、残業で計画生産達成のために休みも取れない。親が死んだときでも責任者なので、二日しか休み取れなかったのに『なに、朝一〇時から夕方四時ごろまで空けてくれだって。ふざけんじゃーないよ、どういう中途半端な働き方している奴らだ。税金を払っている俺が会社を休んで、税金で飯食っている奴らの都合に合わせる、まともな常識では理解できない』と怒った人もいました」
その気持ち、分かります。何も私が謝ることではないのだが。
気の毒ではあるが、これは資産家の宿命である。日本は官尊民卑の社会制度で、決まりごとなので、やむを得ないこともある。