前回は、業界再編時代における「絶好のタイミング」を捉えてM&Aを成功させた例を紹介しました。今回は、成功に至ったポイントをさらに詳しく見ていきます。

まずは自社の株価を算定し、正確な企業価値を知る

第3回で紹介した高階さんの事例は、業界再編時代のM&Aをまさに体現し、多くのメリットを手に入れることができた好例といえるでしょう。今回は、高階さんの経験からM&Aの成功に至るプロセスを、ひとつずつ整理をして見ていきましょう。

 

1.M&A​について学ぶ
高階さんは、特に何の問題もなく、地元の名士として80年以上続く老舗の会社の経営をしていました。しかし経営者としてのDNAともいうべき“会社を成長させる”“会社を変えたい”という2つの思いからM&Aについて学ぶためにセミナーに参加しました。変化の激しい時代だからこそ、守りに向かわず、攻め続けるという姿勢と情熱は経営者にとって大切な資質でしょう。

 

2.会社の現状を把握する
自社の株価を算定し、正確な企業価値を知ることはとても大切です。客観的に自社の状況を把握し、その上でさまざまな戦略を実行すべきです。

 

また企業の譲渡を検討していても、株価が思うような数字ではなかった場合、「これから頑張って会社の業績を上げて株価を良くしてからM&Aを検討する」という経営者がいます。しかし、従前のやり方で本当に業績を飛躍的に上げることができるのでしょうか。答えはノーです。

 

経営者は日々、会社を良くしようと努力しているはずです。その努力にもかかわらず、業績が下がっている会社は現に存在しますが、その会社が業績を1、2年で大幅に回復できる例はほとんどありません。大抵の場合、さらに悪くなってから駆け込み相談にいらっしゃるケースがほとんどです。また業績が良くとも20年、30年と経営してきた会社の価値は1年でそれほど大きく変動するものではないのです。

 

高階さんは当初、買い手としてセミナーに参加しました。しかし、M&Aの現実を知って自分は売り手なのだということを認識しました。まずは専門家の株価診断を受けて会社の現状を把握し、的確な判断をすることが重要です。

ほんの少しタイミングを逃せば、環境が激変する!?

3.業界の現状を知りタイミングを逃さない
会社の株価が、自分が思うよりも低いと感じた高階さんは一度M&Aをあきらめます。しかし、高階さんの会社に興味を持った会社が、全国に300社もありました。

 

これほど多くの会社が高階さんの地元密着型の調剤薬局に興味を示した理由はどこにあるのでしょうか。高階さんの調剤薬局の業績が安定していたことはもちろんですが、調剤薬局業界が再編真っただ中で売り手市場のピークにあったため、買い希望が殺到したのです。

 

しかも最終的には、算定していた株価よりもはるかに高い数字を買い手企業が提示しました。これは絶好のタイミングを逃さなかった高階さんの勝利といえます。もし、あのとき高階さんが単なる「数字」だけを見て判断をしていたら、会社の「本当の価値」を知らずに、数年後は業界再編の波にのまれて苦しい経営をしなければいけないことになっていたでしょう。

 

4.株式の所有にこだわらない早めの決断
若いうちから準備を始めて、M&Aを戦略的な経営手段として活用している経営者が増えています。彼らの特徴は、株式の所有にこだわらないこと。そして、年齢は若い50代以下であるということです。高階さんも50代半ばでした。

 

彼らは、会社を「私物化」しない柔軟性を持ち、より「パブリック」な視野で自社の未来を見据えています。つまり「資本を持つ」ということと「経営をする」ということを分けて考えているのです。再編の波の中で規模の二極化が進むと、大手は「経営のプロ」、地方の中小規模店は「地域密着のプロ」として、それぞれの役割を担っていくことになります。

 

その中で自社の未来をどう判断するか。経営者としての先見性が問われる局面が、あっという間に目前に迫ってきます。だからこそ、「自分の年齢」という明確な数字でわかる事業承継のタイミングに加えて、業界再編の状況も視野に入れていただくようお勧めしています。迷っているうちに業界再編のピークは過ぎ去ってしまいます。そのスピードは、経営者が考えているよりもはるかに速く進んでいきます。タイミングをほんの少しでも逃せば、あとはじり貧になっていくのを待つだけ、といった可能性は非常に高いのです。

 

5.会社と社員の未来を考える
何のためにM&Aをするのか? これは経営者にとっては、経営における本質的な問題かもしれません。感性の問題だととらえる経営者も多くいらっしゃいます。会社を高値で売却することは、もちろん大切なことです。しかし、これまで私たちが携わってきたM&Aの経験から言うと、「高く売りたい」と思ったからといって満足のいく結果が得られるとは限りません。むしろ、「社員のため」と考える経営者の会社は優良企業であることが多く、結果的に高値で譲渡されていくという現実があります。

 

大手企業の子会社になったからといって、経営者や社員が差別されたり低く見られたりするといったことはありません。そうした態度をとる会社には、そもそも私たちM&Aコンサルタントは売り手企業の情報を持っていくことはありませんし、売り手企業の信頼を得られれずM&Aが成約することもありません。成功する買い手企業は、売り手企業への敬意を持ち、社員を大切にする会社です。

 

譲渡されたオーナー経営者自身が嫉妬するほど、社員が大手グループ入りしたことに満足しているというケースはたくさんあります。また、社員が実力を認められて重要ポストに抜擢されるケースも増えています。それは、経営者にとっては複雑な心境ですが、従業員の未来を守るという経営者の責任を果たした証拠ともいえます。

 

つまり、売り手も買い手も社員を大切にする会社こそが本当の成功者であり、そうしたM&Aを実現できる経営者こそが勝者といえるのです。

 

高階さんは業界再編の波に乗って大手グループの一員となることで、高額な創業者利益を手にすることができました。銀行への連帯保証と担保からも解放されました。そして、社名と社員の雇用の維持が保証され、親会社からは引退することなく経営者として請われ、さらに会社の規模を拡大し、成長を実現しています。これこそが業界再編時代の絶好のタイミングを逃さないM&Aの成功例なのです。

本連載は、2015年9月20日刊行の書籍『「業界再編時代」のM&A戦略』から抜粋したものです。その後の税制改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「業界再編時代」のM&A戦略

「業界再編時代」のM&A戦略

渡部 恒郎

幻冬舎メディアコンサルティング

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