「エンゲル係数が高い=貧しい社会」
数字をそのままに解釈しないと、正反対の結果になってしまうというケースのひとつが、社会の豊かさを示すエンゲル係数です。
このところ日本ではエンゲル係数が急上昇しています。
一般にエンゲル係数が高いということは、社会が貧しくなったことを意味しています。社会が豊かになっているのか、貧しくなっているかを認識することは、ビジネスや投資では極めて重要です。
豊かになっていく社会では、多少値段が高くても満足感の高い商品やサービスが売れやすくなります。しかし、貧しくなっていく社会では節約型のビジネスが伸びる可能性が高くなります。同じラーメン店を出店する場合でも、高級ラーメンか激安ラーメンかでは大きな違いです。社会の豊かさに関する基本的な認識はビジネスや投資のすべてを左右すると思って間違いないでしょう。
その意味で、社会の豊かさを示すエンゲル係数は非常によい指標となります。
総務省が発表した2016年の家計調査によると、消費支出(2人以上の世帯)は28万2188円となり、物価の影響を除いた実質で前年比1.7%のマイナスとなりました。また家計のエンゲル係数は25.8%となり、こちらは約30年ぶりの高水準でした。
エンゲル係数は、家計の支出に占める食費の割合を示したものです。
食費には、生活を維持するための最低限度の支出水準というものがあり、嗜好品と比べて極端に節約することができません。生活が苦しくなってくると、家計支出に占める食料品の割合が増加するという傾向が見られることから、一般にエンゲル係数が高い方が貧しい社会とされます。
エンゲル係数の上昇は「日本社会の高齢化」が原因⁉
ただ、価値観が多様化した豊かな先進国の場合、この法則は当てはまらないケースも多く、日本も豊かになるにつれて、エンゲル係数について議論される機会は減ってきました。
しかし、ここ10年の間に日本のエンゲル係数は再び上昇に転じており、特に2014年以降は数値が急上昇しています。エンゲル係数の上昇は一般に社会が貧しくなっていることを示していますから、メディアなどでは「貧困ニッポン」といったトーンでの報道が目立つようになってきたわけです。
こうした記事のコメント欄を見ると、記事を批判する意見のオンパレードになっています。日本が貧しくなっているはずはなく、記事は偏向しているというわけです。記事に対していろいろな意見があることはよいのですが、これら批判コメントを注意深く観察していると、ある特徴が見られます。
日本は高齢化が進み、年金生活者が増えていることがエンゲル係数上昇の原因であり、貧しくなっているのではないと断定するコメントが多数見受けられたのです。「高齢者が増えればエンゲル係数が増えるのは当たり前だろ」「こんな簡単ことも分からないのか」というかなり感情的なコメントも目立ちます。
これだけ多くの人がエンゲル係数の特徴に対して同じ意見を持っているというのは少々不自然です。当然ですが、この反応には元ネタがありました。高齢者の増加がエンゲル係数上昇の原因だとするコラムがあり、多くの人がこれをもとに意見を述べていたわけです。
筆者も含めて、日本が貧しくなることを喜ぶ人はいません。エンゲル係数の上昇は貧しさが原因ではないという主張は、皆にとって心地の良いものとなります。このため、人はどうしても自分が聞きたい意見を優先して取り入れてしまいます。
確かに高齢者の多くは年金収入しかなくなりますから、高齢化が進むとエンゲル係数が上昇する可能性があります。しかし、家計調査の結果を見ると、勤労者のみの世帯を対象としたエンゲル係数も、すべての世帯を合わせたエンゲル係数も同じように上昇しています。この事実を考えると、高齢化によって顕著にエンゲル係数が上昇しているわけではなさそうです。
過去5年間における物価の推移を見ると、魚介類、生鮮野菜、果物、肉類、菓子類などの価格が軒並み上がっています。これはエネルギー価格の高騰やアジアの経済成長に伴う需要増加、農家が減ったことによる作付面積の減少、円安などが複合的に絡み合った結果です。
一方、日本の労働者の実質賃金は2016年こそわずかにプラスとなりましたが、ここ数年、マイナス傾向が顕著となっています。食品の値段が上がる一方、賃金が上がっていないという状況ですから、エンゲル係数が上昇するのは当然の結果といえるでしょう。残念なことですが、最近のエンゲル係数の上昇は、日本経済の基礎体力が弱っていることを反映したものといえそうです。