米中関係に大きな影響を与える「トランプ政策」の行方について考察します。※本連載は、経済産業審議官、内閣官房参与などを歴任した豊田正和氏と、元海上自衛官で北京の日本大使館で防衛駐在官を務めた小原凡司氏の共著書『曲がり角に立つ中国――トランプ政権と日中関係のゆくえ』(NTT出版)の中から一部を抜粋し、成長減速という曲がり角に立つ隣国「中国」と賢く付き合う道を探ります。

イデオロギーより「自国の利益」を重視する新政権

第一に、総論的な特徴だが、筆者著書『曲がり角に立つ中国――トランプ政権と日中関係のゆくえ』第4章第1節で見たように、「リベラルな国際秩序」から離れる可能性があるにせよ、米新政権が孤立主義か国際協調主義かといった二者択一的な立場を取ると考えることは適当ではないだろう。

 

米国第一主義というスローガンは、一九八〇年代において、ロナルド・レーガンが初めて使用している。彼は、失業に悩み、戦後の輝きを失いつつあった米国の力を取り戻すという意味でこのスローガンを使用したわけだが、結果的にソ連を崩壊に導いたという意味で、国際秩序作りに大きく貢献している。共和党の伝統的な立場をとるペンス副大統領に加え、議会承認された閣僚の顔ぶれを見ると、財界人と軍関係者が多いうえ、ロス商務長官などの知日派・自由貿易派とされていた人も加わっている。実際の政策は、選挙キャンペーンより、もう少しバランスが取れる可能性もあるのではないか。

 

ところで、経済最優先、「まず経済だ、愚か者め!(The Economy, Stupid)」を掲げた一九九〇年代のビル・クリントン大統領は、一九九三年に発足した第一期目において、日本との間で多くの米国製品の輸入について数値目標などを要求する包括協議を開始した。日本側は、米国の要請はWTOルールに整合的でないとするルール志向の通商政策を展開し、これに反対した。最終的に、自動車分野における米国による三〇一条発動に至り、高級車に一〇〇%の関税をかけられることとなった。

 

日本は、これをWTOに提訴した。誰が見てもWTOでは米国が敗訴するとされたことから、米国政権は、日本の自動車企業の対米投資計画(すでに、計画されていたものなど)の発表を奇貨として、三〇一条の発動を撤回し、結果として日米関係は摩擦の時代を終え、協力の時代へと入っていった。一時期、保護主義的に見えたクリントン政権は、結果として見ると、第二次大戦後、二番目に長い好景気時代を実現し、高い評価を受けている。

 

第二に、オバマ政権との違いとして、①民主主義や人権といった「イデオロギー」より、「米国の利益」を重視すること、②「国際ルール」を尊重するというより、「取引(ディール)」を重んずること、「マルチ交渉」より、「バイ交渉」を望むことなどが挙げられる。「イデオロギー」、「国際ルール」や「マルチ交渉」を尊重するより、手っ取り早く、米国の利益を達成しうるからと考えているのかもしれない。

 

しかし、過去の通商交渉史は、こうした考えを必ずしも支持していない。米国国民の不満は、民主主義や人権尊重にあるというよりは、「所得の再分配政策」の失敗から来た貧富の差の拡大にあるのだろうし、「国際ルール」の活用や「マルチ交渉」のほうが、解決が早いこともある。とりわけ、米国に次ぐ第二のGDPを誇る中国とは、厳しい交渉が続くはずだ。

 

二〇一七年四月の米中首脳会談では、北朝鮮の核兵器開発という安全保障の問題に高い優先順位を与えて通商問題を取引材料に使ったが、米中両国とも、問題の本質は経済にある。二〇一七年秋に、今後五年間の幹部人事を決める一九大を控え、権力掌握を進めようとする習近平主席は、米中首脳会談で見せたような米中協調関係をアピールしつつ、安易な妥協もできないからだ。「マルチ」交渉がより野心度合の高い結果を生んだ好例が、TPPである。これまで米国が結んだ二国間自由貿易と比べて、関税面でも、ルール作り面でも、より大きな成果を得ていることは明らかであろう。

日本は米中関係を冷静・客観的に見据えた対応が必要

第三に、中国内には、「イデオロギー」にこだわらないトランプ政権は取り扱いやすい、という楽観論もあるが、果たしてそうであろうか。米国の目標は、安全保障は選択的であり、より経済面での成果を重視することから、そうした発想になるのであろう。しかし、「イデオロギー」、「国際ルール」や「マルチ交渉」のほうが予測可能性が高い。秋の共産党大会を前に、中国は、経済面でどこまで妥協する用意があるのだろうか。二匹の巨象がじゃれあっていても困るが、喧嘩されても困るのが、日本を含めたアジアの国々ではないだろうか。

 

第四に、トランプ政権の誕生を、民主主義や資本主義の崩壊と言ってみたり、パックス・アメリカーナの終焉といった声がしばしば上がるが、これは過剰反応ではなかろうか。民主主義や資本主義に代わるより良い代替物は見当たらない。パックス・アメリカーナの崩壊というが、オバマ前政権が、「米国は世界の警察官ではない」と言ったときに、そもそもパックス・アメリカーナは終焉しているのかもしれない。

 

そうは言っても、米国が、二〇一六年名目ベースで一八・六兆ドルという、ダントツに世界一のGDPを誇る超大国であることに変わりはない。中国が、第二の大国としても一一・四兆ドルにすぎない。いまや第三位となった日本のGDPは、四・三兆ドルである。日本にとって重要なことは、「米国依存」的発想を捨て、米国に主張すべきは主張しながら、米国を支えていくことであろう。その意味では、米中関係についても、冷静に、かつ客観的に見据え、日本国としての対応を決めていく必要がある。

 

イデオロギーは、国によって解釈が違うので、時に判断基準になりにくい。「マルチ交渉」か、「バイ交渉」かについては、イシューや国際環境によって判断すべきであろう。したがって、日本にとっては、WTOを中心とする「国際ルール」をベースに判断していくことが重要だろう。米新政権は、WTOの紛争手続きについても懐疑的な姿勢を見せているが、長年かけて積み上げてきた国際ルールには、貿易摩擦を乗り越えてきた先人たちの知恵が詰まっている。二〇一七年二月の日米首脳会談において、米国副大統領と日本副総理が主催する閣僚会議において詳細を議論することにしたのは、賢明だ。何が真に米国にとってプラスになるかを、事実に照らして冷静に議論すればよい。

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    本連載は、2017年7月6日刊行の書籍『曲がり角に立つ中国――トランプ政権と日中関係のゆくえ』から抜粋したものです。その後の改正等、最新の内容には対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

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    豊田 正和,小原 凡司

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