投資理論で用いる限界の概念「トービンのq」の求め方
ここで、企業の実際の投資行動について、さらに詳しく「トービンのq 理論」を用いて説明する。トービンのq(ここでは投資理論で用いる限界の概念)は以下の式によって表される。
[数式1]
は、現在投資を増やした時に現在から将来にわたって得られる限界収益の割引現在価値 を示し、分母のなかの PI は投資コスト( PI =投資を1単位増やすために投資財を購入するコスト=上述の例ではパソコン1台の値段)を示している。
分子の方が分母よりも大きければ、企業は、投資を増やすことによって、利潤を上げることができる。逆に、分子の方が、分母よりも小さければ、投資を増やすと投資コストの方が投資から得られる価値の増分よりも大きく、利潤は減少する。よって、トービンのq は、1よりも大きければ投資を増やした方が企業にとっては利益が上がるのに対して、1よりも小さければ投資を増やすと企業は利潤をさらに下げることになってしまう。よって利潤を極大化させる投資額は、図表1に示されるように、トービンのq が1(q = 1)の点で、決められる。
[図表1]トービンのq
著者書籍『金融経済 第3版 実際と理論』2-1節(日本企業の資金調達と投資)で詳述した、パソコンを何台増やせば利潤を最大化させるかという例を再び用いると、機械(=パソコン)を増やすことによって、その企業の収入が将来にわたって、どの程度、増加するか と、パソコンを増やすために必要な投資コスト(= PI )を比較する。言い換えると、投資を増やすことによって企業が得られる将来にわたっての収入が、投資コスト(= PI )を上回る限り、投資を続けるということである。
図表1に示されるように、40台のパソコンを購入すると、前述した2-1節(日本企業の資金調達と投資)の場合には、q =1が達成され、利潤が極大化されることになる。(数式1)式の右辺、分母の PI は「投資(=パソコン)を増やすことによりかかる費用の増加分」、つまり投資を40台増やすことによる費用の増加を表している。
したがってトービンの q は、 が、投資をすることによってどれくらい収入が得られるか、PI が、その投資を行なうことによる費用(=replacement cost)を示す。すなわち投資を増やすことによって得られる限界的な収益と、投資を行なうための費用(投資コスト)を比較するのがトービンのq である。よって、トービンのq が1に等しくなる(q =1)ところが、利潤極大化の点で、最適な投資量となる。
投資分析だけでなく、企業のM&Aにも応用される
日本では、投資のGDP比率が30%から20%程度に減少していることをデータから見ることができた(著者書籍『金融経済 第3版 実際と理論』32頁、図2-5 国内投資/GDP比率)。
本来は図表2に示されるように、投資の限界収入(=投資を増やすことによって得られる収入の増分)が一定であれば最適投資額は点A′ へ変化して増加する。ところが日本では正確な計測は難しいものの、投資の限界生産性が低下していると考えられる。したがって、利子率を低くして、投資コストを引き下げても、最適な投資額は、点Aから点Bへと変化し、最適な投資額は、減少してしまう。
[図表2]投資の低下
このような困難な状況のもとで、いかに企業の限界生産性を向上させ、投資の活性化を行なうかが、現在の日本における大きな政策課題となっている。
なお、以上の企業の投資分析とは別にトービンのq(ここでは企業価値を測る平均の概念)はその応用として企業の合併・買収(M&A)などの際にも使われる。こちらはともに計測が可能な企業の株式時価発行総額(収益の割引現在価値)を分子とし、資本ストック総額(投資総額)を分母としてq が1より小さい場合に、資産(=資本ストック)の有効活用ができていない企業として買収対象とされることが多い。