日銀が「マイナス金利」を導入した理由
著者書籍『金融経済 第3版 実際と理論』で前述したアベノミクスの第1の矢である大胆な金融緩和の下で追加導入されたマイナス金利政策について、ここでは少し詳しく説明する。
2016年1月に黒田日銀総裁は、金融機関が保有する日銀当座預金を3段階の階層に分けて、基礎残高やマクロ加算残高を上回る部分に-0.1%のマイナス金利を適用して、今後必要な場合にさらに金利を引き下げることを軸にしたマイナス金利政策「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」を導入した。以下にマイナスの金利を導入した理由を説明したい。
図表1は、左側が日銀のバランスシート、右側が市中銀行のバランスシートを表している。日銀が金融緩和を行なうと、マネタリーベースの増加を通じて、本来、市中銀行の貸出や預金が増えてくるはずである。右の図の市中銀行のバランスシートで、貸出や預金が増加することが望ましい。しかし、実際には日本の金融機関は借入需要があまりないために、貸出を増やせず、超過準備を増やして再び日銀にお金を預けるという行動をとってきた(図表1、図表2)。
[図表1]日本銀行と市中銀行のバランスシート比較
[図表2]銀行貸出の減少
これをやめて貸出を増やすため、超過準備をマイナスの金利とすることによって、日本の市中銀行が超過準備を増やさないようにしたいと考えた。これがマイナス金利の導入のねらいである。
日本国債の長期金利にも与えた影響とは?
さらにこのマイナス金利は日銀当座預金金利という短期金利にマイナスの金利を付与したわけだが、日本の国債市場の長期の金利にも影響を与えてしまった。その理由は日銀がマネタリーベースを通じてマネーストックを増やすために長期の国債を大量に買い入れたことが一つの要因である。図表3のように日本のイールドカーブ、言い換えると日本の国債の満期までの残存年数に対する利子率の違いを表した曲線が示されている。
[図表3]イールドカーブの変化
図表3は2015年3月末と2016年3月末の日本の国債の、1年以内の短期・中期・そして10年以上の長期の金利の動きを示したものであるが、2016年3月末では、約12年という長期の国債までマイナスの金利となっている。つまり日銀は当初、短期の金利だけをマイナスにしようと考えたが、10年の長期金利も2016年2月中旬から、およそ9ヵ月にわたりマイナスになってしまった。
[図表4]10年国債(指標)利回り推移
図表4に示した10年国債利回り推移のとおりである。金利がマイナスであるということは、例えば100円のお金を貸した人が98円しか満期のときにもらえないと、これがマイナス金利である。このことが国債に対する需要を減らした。
マイナス金利導入後、短期国債の約50%が外国人保有に
そしてマイナス金利導入後、日本の民間金融機関によってマイナス金利の長期国債はほとんど買われていない。誰が買っているのかというと、長期国債は日銀の保有比率が上昇し、その一方で短期国債は外国人が短期で売買をして金利が上下するときに利益を得ようとすることで外国人の保有比率が急激に伸びてきた。言い換えると国債の金利は下がったものの、全体にいわゆるボラティリティ(金利の変動)が非常に上がり、特に短期国債は約50%が外国人に持たれてしまった(図表5)。
[図表5]国庫短期証券(T-Bill)注1)の所有者別内訳(2016年6月末速報値)
これがマイナス金利導入後の目立った効果である。日銀の黒田総裁はこの期待していなかった効果を修正するために、2016年9月に新しい枠組み「長短金利操作付き量的質的金融緩和」を導入した。短期金利は-0.1%のマイナス金利を引き続き適用する一方で、あらかじめ指定した利回りで無制限に国債を売買する「指し値オペ」などを実施して長期の10年物国債利回りをゼロに誘導しようとしている。
なお、導入後1年を経て、マイナス金利政策の評価はまだ定まっていない。