「老後はどこで暮らすのか」という問題は、高齢者本人だけではなく、家族や子供にとっても重要なテーマです。本連載では、介護ビジネスや高齢者住宅の経営コンサルティングも行う社会福祉士、介護支援専門員の濱田孝一氏の著書『「老人ホーム大倒産時代」の備え方』(扶桑社)から一部を抜粋し、介護生活に備えた、高齢者住宅の選び方を具体的にレクチャーしていきます。

「重度要介護高齢者」でも生活できるか?

高齢者住宅の商品・サービスを見るポイントは、一言で言えば「要介護状態が重くなっ
ても、生活できる環境・サービスが整っているのか
」です。

 

「介護が必要になっても安心・快適」という美辞麗句には眉に唾をつけて聞く必要がある
と述べてきましたが、「実際に重度要介護高齢者の方も生活しておられますよ」と聞くと、「それじゃあ安心だ」と納得してしまうのではないでしょうか。

 

しかし、高齢者住宅ビジネスは、そう単純ではありません。

 

高齢者は、加齢や疾病によって要介護状態は重度化していきます。

 

入居時は歩行ができていても、そこで2年、3年と生活するうちに車椅子が必要になり
ます。トイレへもひとりで行っていたのにトイレ誘導介助、オムツ介助が必要となります。食事や入浴も同じです。

 

問題は自分ひとりだけではなく、一緒に生活している周りの高齢者の多くも、同じよう
にそうなっていくということです。

 

つまり、高齢者住宅の機能は「Aさんが重度要介護状態になっても生活できる」という
ことだけではなく、「中度~重度要介護高齢者の割合が増えても、必要なサービスが提供
できる」という課題を併せてクリアする必要があるのです。
 
では、プロは、高齢者住宅の商品・サービスのどこを見ているのか。介護付有料老人ホームを例に、そのポイントを整理します。

手厚い配置になれば「上乗せ介護費用」は高くなる

最初のチェックポイントは、「全体の介護スタッフの数の把握」です。

 

介護付有料老人ホームの介護・看護スタッフの数は、【3:1配置】【2:1配置】と
いう要介護高齢者の対比で表されます。

 

【3:1配置】とは、 60人の要介護高齢者が入居している場合、介護スタッフ・看護スタッフ合わせて20人(常勤換算)で介護をしているという意味です。常勤職員の1週間の労働時間が40時間の老人ホームで、週20時間働くパートスタッフがいる場合、常勤換算では0・5人という計算になります。

 

介護付有料老人ホームのサービスは24時間365日、スタッフは交代勤務をしながら継続して行われますから、夜勤者や休みの人も含めて20人です。[図表]のように休みなどを考えると、3人の夜勤がいる場合、日勤帯の介護看護スタッフ数は7~8人となります。

 

介護保険制度は、介護の基礎部分のサービス提供を担保する制度です。

 

特定施設入居者生活介護の配置基準(指定基準)は【3:1配置】ですから、介護保険
で適用されるのはここまでです。

 

そのため、【2・5:1配置】【2:1配置】と基準よりも手厚い介護サービスを提供
する介護付有料老人ホームでは、指定基準を超えた部分の人件費として、「上乗せ介護費
用」を設定しています。手厚い配置になれば、それだけ「上乗せ介護費用」は高くなりま
す。それは保険外サービスですから、その金額は事業者が独自に決めてもよいことになっ
ています。

 

つまり、「同じ介護付有料老人ホームでも介護の手厚さは違う」「基準よりも手厚いサ
ービスを受けたいのであれば、それに応じて『上乗せ介護費用』が必要になる」「『上乗せ費用』の金額は事業者によって違う」ということです。

 

これは看護スタッフ数も同じです。看護スタッフ数も配置基準( 60 人定員の場合3人程
度)がありますが、これを5人と増やしたり、 24 時間看護師が常駐しているところもあります。その場合も同じく、上乗せ費用がかかります。

 

[図表] 60名定員の介護付有料老人ホームの介護看護スタッフ配置の違い

例)介護付有老ホーム 入居者数60人(全員要介護1以上)
常勤換算での介護スタッフと看護スタッフの配置二交代制…日勤8時間、夜勤16時間(2日分)勤務年間勤務日数…250日と仮定(週休2日 有給10日程度)
例)介護付有老ホーム 入居者数60人(全員要介護1以上)
常勤換算での介護スタッフと看護スタッフの配置
二交代制…日勤8時間、夜勤16時間(2日分)勤務
年間勤務日数…250日と仮定(週休2日 有給10日程度)

必要最低限の介護サービスさえ難しい【3:1配置】

介護労働というのは、労働集約的な仕事です。

 

「機械を使わずに、鎌で刈り取る稲刈り作業のようなもの」と言えばよいでしょうか。若
干の慣れ、不慣れはあるでしょうが、1人の人間が、1時間の間に刈ることのできる稲、田の広さは基本的に大きく変わりません。

 

介護も同じで、1人の介護スタッフが提供できる介護サービス利用には限界があります。
車椅子は1人1台しか押せませんし、排泄介助も1人に対して1人です。「車のトップセ
ールスマンは、月に10台の車を売る」ように、「ベテラン介護スタッフは、1時間にたくさんのオムツ交換ができる」というものではありませんし、またそれが優秀さの証明でもありません。

 

介護付有料老人ホームは、介護スタッフ全員(たとえば20人)で提供可能な介護サービス総量を、入居者全員でシェアするような介護システムだと言ってよいでしょう。

 

ですから、「同じ建物設備」「60人の要介護高齢者」であれば、20人で介護するのと、30人で介護するのとでは、「提供できる介護サービス量」は1・5倍になります。

 

先に高齢者住宅の機能としては「Aさんが、重度要介護状態になっても生活できる」
「中度~重度要介護高齢者の割合が増えても、必要なサービスが提供できる」という2つ
の課題をクリアすることが必要だと言いました。

 

60人の入居者の内、ほとんどの人が要介護1~要介護2と軽度要介護で、1割程度の人 が要介護3~要介護5という場合は全体の介護サービス量は多くありません。「要介護5のAさんも安全に生活している」「重度要介護高齢者になっても生活できる」というのは嘘ではありません。

 

しかし、Aさんだけでなく、加齢や疾病によって、要介護3~要介護5の高齢者が増えてくれば、「オムツ交換」「排泄介助」「臨時のケア」「すき間のケア」など必要なサービス量が増えていきますから、介護スタッフは走り回ることになるのです。

 

実際の介護サービス量を考えると、【3:1配置】の基準配置では、重度要介護高齢者の割合が多くなれば、必要最低限の介護サービスを提供するのさえ難しいと言われています。

本連載は、2017年6月10日刊行の書籍『「老人ホーム大倒産時代」の備え方』(扶桑社)から抜粋したものです。稀にその後の法律、税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「老人ホーム大倒産時代」 の備え方

「老人ホーム大倒産時代」 の備え方

濱田 孝一

扶桑社

老人ホーム・高齢者住宅の倒産件数が過去最悪を更新し続ける昨今、どのような視点で入居施設を選ぶべきなのか? 幸せな老後を送るために必ず知っておくべき基本をイチから丁寧に解説。介護業界のプロフェッショナルが明かす「60…

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