「現場はプロに任せている」という経営者は多いが…
「任せて任さず」
これは松下電器産業の創業者である松下幸之助さんが残した有名な言葉です。この名言の意味は、「任せっぱなしにするのではなく、しっかりと気にかけてフォローすることが大切」です。
介護事業に異業種から参入し、「介護はよくわからないけれど、現場は介護のプロに任せている」という経営者に時々お会いします。この「任せる」が非常に危険なのです。
私が多く目の当たりにするこの「任せる」の結果は、「任せっぱなし」に。任せっぱなしにした結果、任せた介護のプロとの距離が次第に離れ、退職に至るケースが非常に多いのです。
事業がスタートした当初は、お互いに不安な面もあることから確認しあうことも多くコミュニケーションも豊富ですが、次第に自分の仕事に自信もつきはじめ単独で判断するようになってくると、「経営者も『任せた』のだから責任を持ってやってもらえればいい」と思うようになっていきます。
しかし、実はこの「単独の判断」の繰り返しが、「独自の判断」つまり「独断」になってしまう傾向があるのです。重要なのは「単独の判断」をしっかりと報告させる、そして意見を交換し、その都度「確認する」という過程です。
つまり、「共有」することが重要なのです。
「任せる」とは、「もし万が一不都合が発生した場合にもフォローできる体制」にしておくこと。不祥事やクレームなどが発覚した際に「私は知りませんでした」ということでは「任せた」ことにはならないのです。そのような場合、世間は「任せっぱなし」「野放し状態」と思うことでしょう。ですから、「報連相」を定期的に実施する機会をつくるなどの社内体制の整備なども重要な仕掛けになります。
任せる=「使命感や責任感を与える」ということ
そしてもう一つ「任せる」には重要な意味があります。
それは「部下育成」には欠かすことのできないものだということです。部下に仕事を覚えてもらうときや仕事を教える際に重要なのが「任せる」です。
次の二つの例で比べてみてください。
「その仕事を◯◯君にどうしても覚えてほしいんだ。しっかりマスターしてくれ、頼むよ」
「その仕事をどうしてもマスターしてほしい。とりあえずこのテキストを読んでほしい、頼むよ」
どちらの言葉がより相手に響くでしょうか。多くの方が、最初のような声を掛けられるとやる気が起きると言います。二つの文章の違いは「名前という固有名詞によって単独指名があるかないか」です。そしてもう一つの鍵は「とりあえず」という言葉です。私も部下に仕事を頼むときや教えるときに、この二つの点を強く意識しています。
まずは名前です。これがあると、自分への期待の大きさを感じます。逆に「とりあえず」という言葉は「自分じゃなくても誰でもいいのか」という印象を持たれてしまいます。
私も居酒屋で「とりあえずビール」と言いますが、よくよく考えると「ビール」に対して失礼な話かと。「私は『とりあえず』なのか」と思っているかもしれません。「ビールを飲みたい」と単独指名されることほどうれしいことはないでしょう。「人を育てる」ときも同じで、「とりあえず君にやってほしい」などと言われてやる気になる人はいないでしょう。「◯◯君にやってほしい」という単独指名が、「あなたに任せた」というメッセージになっているのです。
任せることによって発生するのが「責任」です。責任を持って仕事をするということは、「自分が任せられた」と自覚して取り組むことです。無責任な仕事をする人は、「自分は任せられていない」という意識が必ずあるものですので、他人の責任にしてしまいがちなのです。
仕事をマスターすることが速い人材は総じて責任感があります。自分がやらなければならないという使命感もあります。このような使命感や責任感を与えることが「任せる」ということなのです。そして同時に、「任せて任さず」の意識がとても重要です。