世界大戦で疲弊した人々が求めた「芸術の癒やし」
2015年2月10日、ある絵画が史上最高額で落札され、世間の注目を集めました。売買されたのは1892年にゴーギャンが描いた油絵『いつ結婚するの』で、金額にして約3億ドル(当時の為替レート換算で約355億円)もの高値がついたのです。縦100cm、横77cmの作品がそんなにも高い値段で売れた……その事実は、多くの人々を驚かせました。
もちろん、高額で取引されているのはゴーギャンばかりではありません。セザンヌやピカソ、モディリアーニなどの絵画も、それぞれ200億円以上の価格で売買されています。この4人はいずれも19世紀から20世紀にかけて活躍した画家です。そして4人とも、フランスのパリに居を構えていました。
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フランス近代にあって「芸術の都」と呼ばれたパリ――そこは世界の芸術の中心地で、数多くの画家たちが切磋琢磨する場所でした。セザンヌ、モネ、ルノワール、ゴーギャン、ゴッホ、マティス、ピカソ、ユトリロ、モディリアーニ、藤田嗣治、シャガール……パリを舞台に活躍したのは、いずれも綺羅星のような巨匠たちです。
二度にわたる世界大戦で疲弊しきった人々は芸術作品に癒やしを求め、芸術家たちもまた世間の要請に応えるように数多くの傑作を世に送り出しました。これらフランス近代の作品群は、現代の絵画マーケットで高く評価されています。
職人から画家へ…「フランス近代絵画」隆盛の背景
絵を描く人は近代以前にも数多くいましたが、彼らは誰かの依頼で職業的に肖像画などの絵を描く「職人」でした。今日、私たちが「画家」という言葉を聞いてイメージするような、絵画を通じて自己表現を行う「芸術家」という概念は、近代フランスにおいて誕生したのです。画家が職人として〝制作〞をしているのか、それとも芸術家として〝表現〞をしているのか――そのスタンスの違いは、成果物としての絵画にも大きな変化をもたらしました。
現在、芸術作品である絵画を商品として売買することができるようになったのも、すべては19世紀後半のフランスにおける近代絵画の隆盛があったからです。フランス近代絵画は、現代におけるモダン・アートの源流であると同時に、絵画芸術のピークでした。
このようなフランス近代絵画に魅せられ、その価値を見いだしていった私は、フランス近代絵画を中心に扱う画商となりました。約30年間、手頃な版画も含めると点数にして2万枚を超える絵画を売買する中で、一つ気づいたことがあります。それは、作品の「値段」を見れば、「画家たちの絶頂期から低迷期までの画風の変遷」がわかるということです。いかに人気のある画家であっても、作品への評価は時代によって異なります。一人の画家の絶頂期から低迷期まで―絵画の価格を見れば、その人生の起伏を如実に読み解くことができます。
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そこで本連載では、「値段」を切り口にした新しい絵画の見方を提案していきます。絵画に値段がつく仕組みや、市場で評価される絵画の共通点、フランス近代絵画ならではの傾向……これらを知ることで、絵画をより深く鑑賞することができるようになるはずです。本連載が豊饒なアートの世界を楽しむ道標の一つとなれば、筆者としてこれに勝る喜びはありません。