今回は、起業において「金融資産」に着目すべき理由を、ある起業家の事例から見ていきます。※本連載では、株式会社バリュークリエイト代表取締役・三冨正博氏の著書『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から一部を抜粋し、組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない」資産の創り方を見ていきます。

まず、自社の資産を「5つの資産」に当てはめてみる

企業価値は5つの資産によってつくられていく、ということを概念として理解することはそれほど難しくない。だが、それが実際の経営に反映されるとはかぎらない。人によっては、ある種の心得、もしくは、合理的な理解の範疇を超えた精神世界の話のように解釈されることさえある。

 

企業価値は5つの資産によってつくられていくと理解できることが、実際に5つの資産を使って企業価値を高めていくことができることを意味しているわけではない。ここに経営の本当の難しさがある。

 

水泳をしたことがない人が、水泳の教本を読んですぐに実際に泳げるわけではない。自転車に乗ったことがない人が、自転車の教本を読んですぐに実際に自転車に乗れるわけではないのである。同様に、価値創造の教本を読んで、すぐに実際に5つの資産を大きくできるわけではない。

 

ここでは、あるふたりの起業家が経験した実際のケースで見てみよう。

 

ふたりの起業家が新しくはじめたのは経営アドバイスビジネスだった。彼らは「5つの資産」の概念を知っており、このフレームワークに従ってビジネスを展開することを考えたのである。

 

創業にあたり、まず自社の資産を「5つの資産」に当てはめて考えてみた。

 

その時点で組織資産の項目にあったのは、自分たちの持っている情熱だけだった。起業したばかりでブランド力もビジネスモデルもない。ただ、「あらゆる企業の価値創造に貢献したい」という熱い想いだけはあった。

 

次に、人的資産の項目を見る。従業員はこの時点ではゼロだったので空欄である。また、顧客もまだゼロだったので顧客資産も空欄だった。

 

物的資産には、わずかにパソコンなど事務機器があった状態。

 

そして、金融資産には資本金としてふたりで持ち寄った預金額を記入した。以上の状態で、事業をスタートしたのである。

 

起業家は具体的なビジネスモデルを描いていたわけではなかったので、起業して最初の仕事は「これから何をするか考える」ことだった。出社してもやることがなく、毎日パソコンに向かってひたすら考えをめぐらせた。

 

なかなかいいアイデアが出ないまま1カ月がたって、起業家は5つの資産の状況変化を書きこんだ。起業にかける自分たちの想いは変わらない。従業員や顧客、オフィスや事務機器など物的資産もスタート時点のままである。唯一変わったのは金融資産の項目だった。1カ月分の家賃と、自分たちへの給料、かかった経費を払った分、預金残が減った。翌月も状況はほとんど変わらず、金融資産だけが減っていた。

 

やがて、事業をはじめて3カ月がたった頃、起業家は焦りを感じはじめた。起業のために用意した資金は決して潤沢とはいえない。創業から半年もしたら、預金残高がゼロになることがわかっていたからだ。

 

このとき、起業家が何を考えたかというと、キャッシュ・フローの重要性である。「とにかくお金を稼ごう」ということだった。つまり、見える資産である金融資産に着目したのである。このときの彼らの行動をあらわすと図のようになる。

 

[図表] 企業家は金融資産に着目した

 

情熱だけではビジネスにならない…

顧客もない、事業の形もない、創業から半年がすぎれば資金がつきて事業は頓挫し、無一文になってしまう。何はなくともとにかくお金を稼がなければ話にならない。そう考えるのが自然だろう。資金がなければ、事業は続けられない。当然といえば当然の話である。

 

そこで、起業家はさっそく行動を開始した。とにかく仕事をとらなければならない。起業家のうちひとりは公認会計士であり、もうひとりは証券アナリストとして働いていた経歴を持っていたので、それぞれ、経理のアウトソーシングやアナリストレポートを書く仕事ならすぐにはじめられてお金になると考え、知り合いのつてを頼って仕事を探した。

 

けれど、ビジネスは甘くない。同じようなビジネスサービスを展開している競合はごまんといる。いずれも、起業したばかりの彼らの会社に比べて歴史も実績もあり、サービスも充実している。おいそれと受注がとれるはずもなかった。

 

必死に走り回って仕事を探し、頼み込んだおかげでいくつかの受注をとることができたものの、いずれも、競合が手をあげないような採算性の低い案件である。それでも、ふたりの起業家は「実績がないからしょうがない。これから頑張って信頼を勝ち取っていくしかない」と励まし合い、歯を食いしばって耐え続けた。

 

そうしていくうちに起業家は疲弊していった。この時点で起業家がやっていたことは、本来、彼らがやろうと思っていたビジネスではない上に、そもそも採算の悪い仕事である。頑張って業務をこなしても、業績が上向くことはなく、預金はじりじりと減り続けていった。このまま数カ月もすれば、何もできないうちに会社は倒産してしまうだろうと思うと情けなくなった。

 

ようやく彼らは「何かがおかしい」と気づきはじめた。自分たちはこんなことをやるために起業したわけではない。やりたいことがあったはずだと思い、どこかに放っておいた「5つの資産」を引っ張り出して、食い入るように見つめた。

 

真ん中に組織資産、左に金融資産と物的資産、右に人的資産と顧客資産が配してある。彼らにとっては見慣れたフレームワークであったが、じっと眺めているうちにはたと気づいた。

 

彼らは最初、情熱だけで起業した。けれど、情熱だけではすぐにはビジネスにならない。そこで、とにかくお金になることをやろうと金融資産に着目した。しかし、金融資産に着目しても突然、お金は降ってわかないという当たり前の事実に気づいた。売上を上げるためには顧客を開拓しなければならない。顧客を開拓するためには、とりあえず自分たちが提供できる製品・サービスをつくらなければならない。ところが、自分たちが提供できる製品・サービスは競合他社に比べてなんの魅力もない。でも、お金を稼ぐためにはどうにかしなければならない。このようななかで、当初の情熱は薄れ焦りに変わり、やればやるほど本当にやりたかったことから遠ざかり、会社の状況は悪くなっていくばかりだった。結果として、情熱は消え失せ、お金も稼げず、傷心しきった起業家がポツンといるだけだった。

 

このままでは永遠に堂々巡りから抜け出すことはない。どうも自分たちは、根本的なところで間違いをおかしていたらしい、ということに彼らはやっと気づいたのである。

本連載は、2017年5月13日刊行の書籍『「見えない資産」経営 企業価値と利益の源泉』(東方通信社)から抜粋したものです。稀にその後の税制改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

「見えない資産」経営―企業価値と利益の源泉

三富 正博

東方通信社

企業価値というと、金融資産や物的資産といった「見える資産」ばかりが注目されがちだが、著者はそのほかにも組織資産や人的資産、顧客資産といった「見えない資産」があることを強調し、それこそが企業価値と利益の源泉である…

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