今回は、「アベック【(フランス)avec】」を解説します。※本連載は、元小学館辞典編集部編集長で、辞書編集者として多数の辞書作りに携わってきた神永曉氏の著書、『さらに悩ましい国語辞典』(時事通信出版局)の中から一部を抜粋し、変化し続ける「ことばの深さ」をお伝えします。

「アベック」から「カップル」へ転じたのはいつか?

アベック【(フランス)avec】〔名〕

 

「カップル」に取って代わられ、もはや死語?

 

若い頃に普通に使っていたことばは、そのことばがほとんど死語となり、代わりとなる新しいことばが生まれても、なかなか切り替えられないものである。私にとっては「アベック」もそういった部類のことばである。つい「公園のベンチに座っていたアベックが・・・」などと言いそうになる。「アベック」ではなく、今は「カップル」と言うと知っていてもである。

 

だが、「アベック」はいつから「カップル」に取って代わられたのであろうか。いろいろと調べているのだが、いまだにその交代の時期はわからない。

 

私自身のことを言えば、「アベック」ではなく「カップル」と言うと知ったのは、柳沢きみおさんの漫画『翔んだカップル』からである。雑誌連載が始まったのは1978年だから、かなり新しい。この作品は映画やテレビドラマにもなったので、ご記憶のかたも大勢いらっしゃることであろう。映画は故相米慎二監督のデビュー作で、ヒロインは薬師丸ひろ子さんであった。さて、漫画も映画も見ているにもかかわらず、その後も私の中では「アベック」と「カップル」は同等の位置にあるらしい。

大正~昭和にかけて併用時代も…アベックはハイカラ?

「アベック」はフランス語のavecで、「カップル」は英語のcoupleである。原語の意味は違いがあるが、日本ではほぼ同じ意味で使われている。『日本国語大辞典』を見ると、その用例は同じ頃からある。ともにその時代の新語辞典からなのだが、面白い用例なのでどちらも引用しておく。なお「アベック」は「アヴェク」と表記されている。

 

「アヴェク Avec 仏『同伴』といふ意味のハイカラな気取った用法。〈略〉これを使ふ日本のモダン人達は特に『婦人と同伴する』意味に限って用ひる」(喜多壮一郎『モダン用語辞典』1930年)

 

一方の「カップル」の方はというと、

 

「又例の通りカップルで歩いてやがる」(長岡規矩雄『新時代用語辞典』1930年「恋愛用語」)

 

1930年は昭和5年だが、おそらく大正から昭和にかけて、若者の間では「アベック」と言ったり「カップル」と言ったりしていたのであろう。だがその当時は、いかにもハイカラに聞こえる「アベック」の方が明らかに優勢だったのではなかろうか。それが戦後になると「カップル」が優勢になっていく。

 

その時期は、梅花女子大学教授の米川明彦氏(日本語学)が指摘しているように、いわゆる連れ込み宿(この語も古い)を「アベックホテル」「アベック旅館」などと呼ぶようになり、「アベック」という語が、「いやらしい語」へと堕落してしまったあたりなのかもしれない(米川明彦『俗語発掘記消えたことば辞典』講談社、2016年)。

 

最近では、残念なことに「アベック」ということばは、「アベックホームラン」「アベック飛行」以外、めったに耳にしなくなってしまった。

 

□方言・俗語

 

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さらに悩ましい国語辞典

さらに悩ましい国語辞典

神永 曉

時事通信出版局

朝日、読売、クロワッサン、各地方紙が絶賛! 新聞各紙コラムに引用された「悩ましい国語辞典」(5刷)の第2弾! 日本最大の辞書「日本国語大辞典」編集者はまだまだ悩んでいる! 言葉の謎はさらに深まる! そんたく…

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