少ない証拠からでも残業時間が認定…
<なぜ会社は負けたのか? 弁護士のポイント解説>
昨今、経営者から、「社員が無許可で残業して困る」「ダラダラ残業して何をしているか分からない」と相談を受けることが少なくありません。このような無許可残業に対して、経営者の中には、「勝手に残業しているのだから、残業代など支払う必要がない」という程度の意識しか持たれていない方も散見されます。
ゴムノイナキ事件は、このような無許可残業に対する重要な解釈を示した判決として実務上大いに参考になりますので、本書『労務管理は負け裁判に学べ!』でも紹介させていただきました。また、ゴムノイナキ事件は、少ない証拠からでも残業時間が認定されるリスクがあることも示唆しています。
ゴムノイナキ事件は、残業時間(労働時間)の証拠がXの妻のノートなどしかなく、かつその少ない証拠も「必ずしも正確なものではない」と評価されています。
ところが、このように残業時間(労働時間)の証拠が少ない状況にありながら、本判決は、結論として、Xが平均して午後9時までは就労しており、この就労については超過勤務手当の対象となると判示しました。
どうして会社は負けてしまったのでしょうか。本件で会社が負けた決定的理由は以下の2点です。
出退勤管理をしなかった過失は、被控訴人の責任
1.タイムカード等による出退勤管理をしていなかったこと
Xの主張する業務終了時刻に関して、平成13年5月から同年8月および平成14年4月から同年6月までの期間については、これを裏付ける客観的証拠は皆無であり、平成13年9月から平成14年3月までの期間についても、これを裏付ける証拠は、日直当番戸締まり確認リストの記載(ただし、合計5日分の記載のみ)のほかはXの妻が記載したノートしか存在しませんでした。
しかも、Xの妻記載のノートも、帰宅時間しか記載されていないため、Xが途中で寄り道をした場合にはそれだけでは退社時刻の把握が困難であるし、Xが帰宅した際に妻が就寝していた場合には、Xが翌朝妻に帰宅時間を告げていた程度のものですから、その時間は必ずしも正確なものではなかったのです。
労働時間の立証責任(立証できなければ敗訴のリスクを負う責任)は、労働者側にありますので、本来、この程度の証拠関係でしたら、労働時間を立証できず、労働者側敗訴で終結していたのでしょう。
しかしながら、本判決は、「タイムカード等による出退勤管理をしていなかったのは、専ら被控訴人の責任によるものであって、これをもって控訴人に不利益に扱うべきではない」としたうえで、「具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない」と判示しました。
このことが原因で、労働時間に関する確たる証拠がなくてもある程度概括的に時間外労働時間を推認すべき(結論として午後9時まで就労していた推認されている)と判断されたのです。
このように、タイムカード等による出退勤管理をしていなかったことが敗因の1つとなっています。なお、本判決では、タイムカードを導入しないなど自ら出退勤の管理を怠っていたことや労働基準監督署から是正勧告を受けていた等、悪質性が高いと判断されて、超過勤務手当と同額の付加金の支払いを命じられています。
無許可残業している社員の存在を把握していた!?
2.無許可残業している社員を放置していたこと
労働基準法上の労働時間とは、労働者が使用者の明示または黙示の指揮命令ないし指揮監督の下に置かれている時間であると解されています(三菱重工業長崎造船所事件(最判平12.3.9)76頁参照)。
本判決は、労働時間に関する上記解釈を参照して、Xの無許可残業について、「明示の職務命令に基づくものではなく、その日に行わなければならない業務が終業時刻までに終了しないためやむなく終業時刻以降も残業せざるを得ないという性質のものであるため、Xの作業のやり方等によって、残業の有無や時間が大きく左右されることからすれば、退社時刻から直ちに超過勤務時間が算出できるものでもない」と判断しています。
この結論で判断が終了すれば「無許可残業≠労働時間」となり会社の全面勝訴でしたが、本判決の判断には続きがあります。
すなわち、本判決は、「会社自身、休日出勤・残業許可願を提出せずに残業している社員が存在することを把握しながら、これを放置していたことがうかがわれることなどからすると、具体的な終業時刻や従事した勤務の内容が明らかではないことをもって、時間外労働の立証が全くされていないとして扱うのは相当ではない」と判示しました。
このことも原因で、労働時間に関する確たる証拠がなくてもある程度概括的に時間外労働時間を推認すべき(結論として午後9時まで就労していた推認されている)と判断されたのです。
確かに、大阪営業所では、平成4年夏頃、A所長の就任を機に、許可願の提出が厳格に求められるようになりましたが、それだけでは足りなかったのです。終業時刻後に残業許可願を提出せずに残っている社員の存在を把握しているならば、速やかな帰宅を促すべきでした。
なお、大阪営業所においては、業務のためばかりではなく、スキルアップのための読書をしたり、家庭内の問題等から、営業所で仕事と関係のないパソコン操作をしたり、近くの飲食店で食事を済ませた後、営業所に戻り、その後帰宅したりする社員もいたようです。このような社員を放置しては、無許可残業についても残業代の支払いを命じられるリスクが残ると肝に銘じておくべきです。
結局、本件の負けたポイントをまとめますと、以下の2つとなります。
<裁判で負けたポイント>
1.タイムカード等による出退勤管理をしていなかったこと
2.無許可残業している社員を放置していたこと
どのような証拠が労働時間を裏付ける証拠とされているかについて、過去の裁判例を次回紹介します。