借地権の売却承諾の裁量は、地主が握っている
前回の続きです。
東京都墨田区内で借地権を売却しようとしていた方から、それを500万円で購入してくれないかと持ち掛けられたことがあります。話を聞くと、それまでは地主に売却しようと交渉していたようです。
借地権を地主に売却しようというのは、決して珍しくありません。地主としてはこれまでは底地権と呼ばれる弱い権利しか所有できていないわけです。底地権者である地主と借地権者との間の関係は、先ほど登場した民法や互いの関係を定めた賃貸借契約のほか、借地借家法という法律に規定されます。
この法律が借地権を保護していることから、地主はそう簡単に借地権者との関係を清算し、所有権を取り戻すというわけにはいきません。そのため、借地権者側から借地権を売却したいという申し入れがあれば、渡りに船と受け止める地主も少なくないでしょう。所有権を取り戻せれば、その不動産を自ら利用することもできるし、誰に気兼ねすることもなくそれを売却処分することもできるからです。
一方で、借地権者とすれば、借地権を売却するからには地主の承諾を得る必要があることから、売却の意向があることはまず地主に明かすことになります。借地権を買い戻したいと考えていた地主であれば、借地権者が借地権を売却しようとしていると知った段階で、どう考えるでしょうか。できるだけ安い価格で購入するにはどうすればいいか、考えを巡らせるはずです。
私に話を持ち掛けてきた借地権者は、当初は地主から50万円で借地権を購入する、と言われたそうです。断っていると、金額は200万円にまで上がったといいます。借地権の売却承諾という裁量は地主が握っていますから、地主としては強気です。
自分が首を縦に振らない限り、借地権者としては借地権を売却することはできません。売り手としてはまさに、足元を見られた状態です。これでは仮に地主に売却するにしても、価格交渉を有利に進められるはずがありません。安く買い叩かれかねない危険とは、この点を指しています。
売り手が相続でこの借地権を手に入れたのであれば、事態はさらに地主にとって有利に運ぶことになるでしょう。相続で手に入れたということは、借地権者はその不動産に対してどこか人ごとのはずです。その場所で借地権を持つことの価値がどの程度か、きちんと認識してはいないでしょう。
こうなると、地主から不当に安い購入希望価格を示されたとしても、借地権者はその不当性をしっかり認識できません。価格交渉は地主主導で進んでいくことになってしまいます。売り手が借地権を相続で手に入れたような場合には、地主から安く買い叩かれかねない危険が一段と増幅されてしまうわけです。
地主による「売却の承諾」という裁量を無力化
では、地主が承諾の裁量を握っているなか、借地権者には何か対抗手段があるのでしょうか。それが、あるのです。安く買い叩かれないようにする秘策です。
この秘策、名前を「借地非訟」といいます。簡単に言えば、借地権者の申し立てに基づき裁判所が許可を出せば、それを地主の承諾に代えることができるという仕組みです。売却の承諾という裁量を、無力化するわけです。根拠は借地借家法です。
その第19条は「土地の賃借権の譲渡又は転貸の許可」として、借地権を第三者が購入しても地主が不利になる恐れがないにもかかわらず、地主が借地権の売却に対する承諾を与えない場合には、借地権者の申し立てに基づき、裁判所が地主の承諾に代わる許可を与えることを定めています。
こうした手続きの存在を知っているだけで、地主から不当に安く買い叩かれる危険を抑えることができるはずです。