急速な高齢化に伴い、今後ますます増加の一途をたどると想定される「相続」をめぐる事件。本連載では、相続事件研究会の編集による書籍『事例に学ぶ相続事件入門―事件対応の思考と実務』(民事法研究会)より一部を抜粋し、さまざまな事例を元に、遺産分割協議の調整事例をご紹介します。

相続人は4名。遺言はなし

<Case①>

被相続人Aの遺産に関し、相続人である妻B女と子3名(長女C子、長男D男、二男E男)の遺産分割協議を成立させるべく、弁護士が調整役として活動する。

 

[図表1] 関係図

 

<Case①>における実務上のポイントは、以下の2点である。
①調整型の相続事件の特徴
②具体的な調整方法

 

(税理士からの相談)
X弁護士は知り合いのY税理士からの電話を受けた。相続税申告に際しての遺産分割協議で相談があるらしい。

 

X弁護士:Y先生お久しぶりです、お元気ですか。今日はどうしましたか。

 

Y税理士:ええ、実は相続税の申告で依頼を受けている件があるのですが、遺産分割協議をしようと思ったら、相続人がいろいろ言い出して調整が難しくなってしまいました。申告期限もあるし、ちょっと私の手には負えそうにないので、先生のお力を借りたいと思いまして……。

 

Y税理士から詳しい話を聞いたところ、事実関係の概要は以下のとおりであった。

 

①被相続人Aが昨年亡くなり相続が発生した。遺言はなし。相続人は、妻のB女、長女C子、長男D男、二男E男の4名である。
②主な遺産は、(a)B女と長男D男夫婦が住む実家、(b)二男E男の住む自宅(ただし共有持分)、(c)賃貸アパート1棟、(d)保険、(e)現預金である。
③妻B女の介護をめぐって兄弟間で若干軋轢がある。
④被相続人Aの葬儀費用は長男D男が負担している。

期限内に分割協議を成立させて申告したいが・・・

X弁護士:法定相続分を基準として分けられないのですか。

 

Y税理士:一応そのように考えてはいたのですが、誰が何をどの程度取得するかということについて、意見が分かれています。まずは不動産をどうやって分けるべきかがポイントになりそうですが。

 

X弁護士:なるほど、不動産については、評価額にもよりますが、現状誰がどこに住んでいるか、今後住み続けるかなどを基準に考えるのがよいと思います。共有にするのはあまりよくないでしょうから、不動産はなるべく単独で取得するのがよいと思います。あとは、現預金を必要とする人が誰かだとか、そのあたりの意向を聞き取って調整するこなりますね。介護の問題も含めて、詳しいお話はご本人らからお聞きしてみますが、私はどのような形で関与したらよいでしょうか。誰が依頼者ということになりますか。

 

Y税理士:そのあたりをご相談したいのですが、たとえば、こういう事案だと、弁護士としてどのような関与がありうるのでしょうか。全員の代理人として先生が遺産分割協議をする、ということになりますか。本件は、皆さん裁判まではやりたくないという意向でして、話合いで穏便に決着したいと思っています。私としても、申告期限に間に合うのであればそうしたいので、話合いによる解決が望ましいと考えています。

 

X弁護士:相続税の申告は相続開始から10カ月以内でしたよね。亡くなったのが○月○日だから……現時点で6カ月以上経過していますので、今から遺産分割調停や審判をすると申告期限までに間に合わないでしょうね。でも、確か未分割財産として法定相続分で一応申告可能ではなかったのではありませんか。

 

Y税理士:そうですが、本件では小規模宅地等の特例を使うのですが、未分割だとこれが使えないのです。いったん未分割で申告して、あとで修正または更正請求を入れるのも可能ではありますが、期限内に分割協議を成立させて普通に申告できればそれに越したことはないのです。

 

X弁護士:わかりました。弁護士が遺産分割協議に介入する場合ですが、やり方としては大きく2つあります。1つは、ある特定の方の代理人としてその他の方と対立的に代理人として活動する方法です。よくある形ですね。たとえば、妻の代理人につけば、子3名を相手にして、妻の利益を最大限確保すべく活動します。まずは任意の遺産分割協議成立に向けて話合いをしますが、誰か反対すれば、最終的には遺産分割調停や審判などの裁判所での手続に移行して、遺産分割協議を成立させることになります。ただ、本件では調停までもつれると10カ月を超えてしまいますね。

 

もう1つのやり方としては、誰か特定の代理人というわけではなくて、あくまで皆さんの調整役、交通整理役として入る方法です。皆さんの意向を聞きながら遺産分割協議書を作成していって、円満に協議成立をめざす、というやり方です。

慎重な対応が必要な複数名の代理人

Y税理士:なるほど、そういう調整型という方法もあるのですね。ちなみに、誰か特定の代理人になる場合、複数名の代理人も兼ねることは可能でしょうか。

 

X弁護士:複数名の代理人として活動することも一応可能です。たとえば、妻と長男の2名の代理人として、長女と二男を相手にする、という場合です。ただ、妻と長男の間が調整できていればよいのですが、利益対立が顕在化して調整がつかなくなった場合には、妻と長男両方の代理人を辞任することになります。これだと、当事者同士が仲違いした場合、事件を途中で放り出す結果となってしまいますので、慎重な対応が必要です。

 

Y税理士:その場合、どちらか1人だけの代理人で残る、というわけにはいかないのですか。

 

X弁護士:駄目です。たとえば妻だけの代理人に残るとしたら、すでに長男の代理人として長男の利益を確保する立場に立って活動してしまっていますから、いまさら手のひらを返すようなことはできません。

 

Y税理士:なるほど、よくわかりました。今回は、皆さんも裁判までは望んでいませんし、そこまでの対立とも思えませんので、調整型でお願いしたいと思います。私も遺産分割協議成立のために協力しますので、よろしくお願いします。

 

X弁護士:わかりました。では後日ご本人らにお会いして話をしてみましょう。

本連載は、2016年2月12日刊行の書籍『事例に学ぶ相続事件入門』から抜粋したものです。稀にその後の法律改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務

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相続事件研究会(編集)

民事法研究会

相談から事件解決までの具体事例を通して、利害関係人の調整と手続を書式を織り込み解説!遺産分割協議・調停・審判、遺言執行、遺留分減殺請求、相続財産管理人、相続関係訴訟、法人代表者の相続事案まで事例を網羅!

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