今回は、難航する遺産分割協議において、調整に向けた準備の事例などをを見ていきます。※本連載では、相続事件研究会の編集による書籍『事例に学ぶ相続事件入門―事件対応の思考と実務』(民事法研究会)より一部を抜粋し、遺産分割協議の調整事例をご紹介します。

実家で母親と暮らす長男D男の事情

前回からの続きです。

 

Y税理士によると、今回の事情を最もよくわかっているのが長男D男らしい。X弁護士は、Y税理士とともにD男の自宅へ向かった。

 

Y税理士:こんにちは。この間お話した弁護士さんを連れて来ましたよ。

 

D男:先生こんにちは、よろしくお願いします。

 

X弁護士:初めまして、Xです。話の概要はY先生から聞いています。何でも遺産分割協議の調整が難航しているとか。

 

D男:そうなのです。まずは私の状況からご説明します。私は実家で両親と同居しており、父は数年前に体調を崩してから自宅療養をしていましたが、昨年亡くなりました。母も昨年から認知症が出てきましたが、まださほど重度ではないのが救いです。ただ、今後は施設入所も考えなければならないと思います。ですので、母には現金を相続させたほうがよいのかもしれないと思うのですが、この家を私が継ぐのもちょっと気が引けています。実は、私の妻が母の面倒をみているのですが、最近母と妻の折り合いが悪いのです。私も仕事にかまけて妻に母の面倒を任せきりにしてしまったのも悪かったのですが、将来的には母とは別居して別のところを借りようかとも思っている次第でして。まあ、しばらくはまだ同居しようとは思っていますが。

 

X弁護士:なるほど。Y先生、遺産目録はありますか。

 

Y税理士:はい、こちらです(下記[図表]参照)。

 

[図表] 遺産目録

法的に葬儀費用は喪主の負担だが・・・

X弁護士:借入金などはありますか。

 

D男:借入れはありませんが、父の葬儀費用は私が出しています。大体150万円だったと思います。先生、これは相続財産から出してもらえないのでしょうか。

 

X弁護士:葬儀費用は当然に相続財産から出すわけではありません。法的には喪主の負担ということになります。ただ、実際には故人が自分の財産で賄うつもりのことも多いですし、相続人らもそれでよいという場合が少なくありません。他の兄弟はどう言っていますか。

 

D男:二男のE男は不服そうでしたね。兄貴は香典をもらっているからそれで葬式費用も出ただろう、と言われました。まあ、確かに香典分も考えると少し足が出たくらいで済んでいますので、私も別にこだわりません。

 

X弁護士:そうですか。どちらの処理もありうるとは思いますが、とりあえず葬儀費用は考えないで計算すると、遺産総額としては8000万円ということになりますね。

 

Y税理士:そのほかにも保険金がいくつかありますが、受取人はAではなく妻のB女だとか二男のE男などになっていますので、遺産分割の対象外、という理解でよろしいでしょうか。

 

X弁護士:他の遺産と比してその保険金額がとても大きい場合には特別受益的な扱いもありますが、さほど大きくなければ特有財産扱いでよいと思います。ちなみに、この遺産目録の評価額は何の額を入れていますか。

 

Y税理士:路線価ベースで入れています。固定資産評価額よりは大きくなりますが、実際の時価よりは気持安い程度でしょうか。今回の物件は時価と大きく乖離している、とまでは言えないので、これでもよいかなと思っています。

 

D男:不動産の価格が違うのですか。

 

X弁護士:はい、不動産の評価額は、公的には固定資産評価額、公示価格、基準値価格、路線価価格とありますが、実勢価格、すなわち実際に取引される額とは異なることが多いですね。よく、固定資産評価額は実勢価格の7割程度、路線価は8割程度などと言われますが、今回の物件はそこまで違うわけではなさそうです。評価額をいくらにするかで相続額も異なってきますから、厳密に争う場合には評価額も争いになりますね。ただ、もし皆さんに異議がなければ、Y税理士に調べていただいた路線価ベースの価格で話を進めてもよいと思います。

 

D男:そうですか。少なくとも私と母は異論ないと思います。

母の介護をめぐって感情的なしこりがある兄弟

X弁護士:わかりました。最終的には他の方の意見も聞いて決めましょう。

 

次に、分け方を考える前提として、各不動産の使用状況をお聞きしますね。まずご実家ですが、しばらくはB女さんとD男さんご夫婦が住む、と。二男のE男さんも自宅を転居する予定はなさそうですね。賃貸アパートはずっとお父様が管理していたのでしょうか。

 

D男:そうです。私たちは全く関与していません。

 

X弁護士:誰かこの不動産がどうしても欲しい、またはどうしてもお金がよいという方はいますか。

 

D男:自宅には住み続けるとしても、それ以外は特にないと思います。ただ、母の介護費や今後の施設入所費用を考えると、母には現金か、または賃料収入があってもいいかもしれません。とはいえ、母に不動産を相続させると、次の相続の際に揉める気もします……。生前父は、私が長男だから、私が全部相続しろ、その代わりに母の面倒はお前が全部みろ、とも言われたことがあります。このあたりは、他の兄弟の意見も聞きながら考えたいと思っています。それから、遺産分割協議とは直接関係がないのですが、二男のE男の自宅は、私が建築資金を援助したために私に6分の1の持分があります。できればこれを機に共有状態を解消したいので、E男に私の持分を買い取ってもらいたいのです。買取りが無理であれば、とにかくE男に名義移転だけでもしたいのです。

 

X弁護士:そうですか。でもどうしてですか。弟さんが買取りをしないのであれば、そのまま持分を持ち続けることでよいのではありませんか。

 

D男:実は、私と弟とは母の介護をめぐって感情的なしこりがあるのです。私の妻が主に母の面倒をみていて、長女のC子も時々手伝いに来ています。ただ、二男のE男だけは母の面倒をあまりみないので、妻が怒ってE男とけんかをしたことがあるのです。それからというもの、私がE男の自宅に持分があることに、弟も妻もあまりいい顔をしないのです。

 

X弁護士:う~ん、これは遺産分割とは別に弟さんに打診してみないとわかりませんね。この件はさておき、まずは私のほうで遺産の分け方の案をいくつか提示したいと思います。次回は他の相続人の方もなるべくご同席いただけると助かります。

 

D男:わかりました。皆に伝えておきます。

 

X弁護士:おっと、大事なことを忘れていました。委任契約と弁護士費用の件ですが、あとで見積書と契約書案をお送りしますのでご確認をお願いします。

本連載は、2016年2月12日刊行の書籍『事例に学ぶ相続事件入門』から抜粋したものです。稀にその後の法律改正等、最新の内容には一部対応していない可能性もございますので、あらかじめご了承ください。

事例に学ぶ相続事件入門 事件対応の思考と実務

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相続事件研究会(編集)

民事法研究会

相談から事件解決までの具体事例を通して、利害関係人の調整と手続を書式を織り込み解説!遺産分割協議・調停・審判、遺言執行、遺留分減殺請求、相続財産管理人、相続関係訴訟、法人代表者の相続事案まで事例を網羅!

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